・・・きょうは米子に往かんと、かねて心がまえしたりしが、偶々信濃新報を見しに、処々の水害にかえり路の安からぬこと、かずかず書きしるしたれば、最早京に還るべき期も迫りたるに、ここに停まること久しきにすぎて、思いかけず期に遅るることなどあらんも計られ・・・ 森鴎外 「みちの記」
・・・高田の披講で一座の作句が読みあげられていくに随い、梶と高田の二作がしばらく高点を競りあいつつ、しだいにまた高田が乗り越えて会は終った。丘を下っていくものが半数で、栖方と親しい後の半数の残った者の夕食となったが、忍び足の憲兵はまだ垣の外を廻っ・・・ 横光利一 「微笑」
・・・そうしてこの成長、突破が年ごとに迫り行くところは、ただ偉大な古典的作品にのみ見られる無限の深さ、底知れぬ神秘感、崇高な気品、清朗な自由、荘重な落ちつきである。自分は正直に白状するが去年美術院の展覧会で初めてルノアルの原画を見たときにも、岸田・・・ 和辻哲郎 「『劉生画集及芸術観』について」
出典:青空文庫