・・・「先生、私の足、こんなに膨れて来て、どうしたんでございましょう。」「いや、それは何んでもありません。御心配なさいますな。何んでもありませんから。」と医師は誤魔化した。 ――水が足に廻り出したのだ。 ――もう、駄目だ。と彼は思・・・ 横光利一 「花園の思想」
・・・ことに血なまぐさい戦場に倒れて死に面して苦しんでいる人の姿を思い浮かべると、私はじっとしていられない気がしました。 私は心臓が変調を来たしたような心持ちでとりとめもなくいろいろな事を思い続けました。――しかしこれだけなら別にあなたに訴え・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
・・・夏目先生はカラマゾフ兄弟のある点をディクンスに比して非難された。その時私は承服し兼ねたが、しかし考えてみると私はディクンスの本体を知らない。それにドストイェフスキイには浪漫派らしい弱点がある。恐らく夏目先生の非難は当たっているのだろう。・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
・・・Whole Body thinks. そして思索のために物悲しい影の浮かんでいるその顔は、人の世のあらゆる情熱が彼女の血と肉とによって幾度となく通り過ぎた戦場なのである。 ああ、エレオノラ・デュウゼ。・・・ 和辻哲郎 「エレオノラ・デュウゼ」
出典:青空文庫