・・・十五年十一月、文芸戦線同人となった。それ以来、文戦の一員として今日に到っている。短篇集に、「豚群」と「橇」がある。 黒島伝治 「自伝」
・・・殺伐な、無味乾燥な男ばかりの生活と、戦線の不安な空気は、壁に立てかけた銃の銃口から臭う、煙哨の臭いにも、カギ裂きになった、泥がついた兵卒の軍衣にも現れていた。 ボロ/\と、少しずつくずれ落ちそうな灰色の壁には、及川道子と、川崎弘子のプロ・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・彼は手綱を引いて馬を廻し、戦線から後方へ引き下った。彼が一番長いこと将校をのせて、くたびれ儲けをした最後の男だった。兵タイをのせていた橇は、三露里も後方に下って、それからなお向うへ走り去ろうとしていた。 彼は、疲れない程度に馬を進めなが・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・社会関係の矛盾も、資本主義が発展した段階に於て遂行する戦争とプロレタリアートとの利害の相剋も、すべてが戦線に出された兵卒に反映し凝集する。それは加熱された水のようなものである。蒸気に転化する可能性を持っている。だから、兵卒に着目したことには・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・まずしい慰問袋を作り、妻にそれを持たせて郵便局に行かせる。戦線から、ていねいな受取通知が来る。私はそれを読み、顔から火の発する思いである。恥ずかしさ。文字のとおりに「恐縮」である。私には、何もできぬのだ。私には、何一つ毅然たる言葉が無いのだ・・・ 太宰治 「鴎」
・・・マレー半島に奇襲上陸、香港攻撃、宣戦の大詔、園子を抱きながら、涙が出て困った。家へ入って、お仕事最中の主人に、いま聞いて来たニュウスをみんなお伝えする。主人は全部、聞きとってから、「そうか。」 と言って笑った。それから、立ち上って、・・・ 太宰治 「十二月八日」
・・・「西部戦線」の最後の幕で、塹壕のそばの焦土の上に羽を休めた一羽の蝶を捕えようとする可憐なパウルの右手の大写しが現われる。たちまち、ピシンと鞭ではたくような銃声が響く。パウルの手は瞬時に痙攣する、そうして静かに静かに力が抜けて行くのである。・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・「西部戦線異状なし」は、今日の映画としては、別にこれといって頭に残るほどのものもなかったようである。ただあまりわざとらしいような芝居が割合に少なく思われたのは成効かもしれない。河畔の営舎の昼飯後の場面が、どこかのどかでものうげで、そうし・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・その他各戦線にわたって天候のために利を得また損害を受けた実例は枚挙に暇ないほどある。ことに飛行隊の活動などは著しく天気の影響を受けている事は日々の新聞記事に徴しても明らかである。 ドイツ側は勿論、聯合軍側でも気象学者がどれだけ活動してい・・・ 寺田寅彦 「戦争と気象学」
・・・既ニシテタ陽林梢ニアリ、落霞飛鳧、垂柳疎松ノ間ニ閃閃タリ。長流ハ滾滾トシテ潮ハ満チ石ハ鳴ル。西ニ芙蓉ヲ仰ゲバ突兀万仞。東ニ波山ヲ瞻レバ翠鬟拭フガ如シ。マタ宇内ノ絶観ナリ。先師慊叟カツテ予ニ語ツテ、吾京師及芳山ノ花ヲ歴覧シキ。然レドモ風趣ノ墨・・・ 永井荷風 「向嶋」
出典:青空文庫