・・・子供らは N. L. D. の金文字を入れた黒リボン付きの紙帽子をかぶり、手んでに各国の国旗を持ち、楽隊の先導で甲板を一周した後に食卓についた。おとならはむしろうらやましそうに見物していた。……T氏と艙へはいって、カバンを出してもらって、ハ・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・しかし一つの曲に修熟してその和音や旋律を記憶して後にそのレコードの音を専心に追跡しあるいは先導して行く場合にはかなりの程度までこの選択ができるように思われる。これは修練によってだれでも自然にできるだろうと思われるが、かつてある学者の試みたよ・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
・・・韋駄天を叱する勢いよく松が端に馳け付くれば旅立つ人見送る人人足船頭ののゝしる声々。車の音。端艇涯をはなるれば水棹のしずく屋根板にはら/\と音する。舷のすれあう音ようやく止んで船は中流に出でたり。水害の名残棒堤にしるく砂利に埋るゝ蘆もあわれな・・・ 寺田寅彦 「東上記」
・・・そこから吉浜まで海岸の雨の山道を、験潮器を背負って、苫をかぶってあるいていると、ホトトギスが啼いた。根白というところで煙草を買おうと思ったが、巻莨はおろか刻煙草もない。宿屋の親爺ののみしろを一服めぐんでもらったので、喜んで吸ってみると、それ・・・ 寺田寅彦 「夏」
・・・しかし私は「社会の先導者」としての新聞のほんとうの使命を果たすためには、それはむしろやむを得ない当然の事ではないかと思っている。あらゆる方面の文化の先達となるためには、なるだけの根底を作らなくては無理ではあるまいか。 このような考え・・・ 寺田寅彦 「一つの思考実験」
・・・「小女山道」「昼飯」「牛を追う翁」「みかん」「いこいつつ水の流れをながめおれば、せきれい鳴いて日暮れんとす」など、とり止めもない遠足の途中のいたずら書きらしいものもある。 亮のかいた絵に私が題句をかいたり、亮の句に私が生意気な評のような・・・ 寺田寅彦 「亮の追憶」
・・・また重いものをかついで山道を登る夢が情婦とのめんどうな交渉の影像として現われることもある。古来の連句の中でもそういう不思議な場合の例を捜せばおそらくいくらでも見つかるであろうという事は、自分自身の貧弱な体験からも想像されることである。「・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・此方の揚ったのは、忰の骨揚げのすんだ翌日でしたっけがね、私も詳しいことも知らねえが、△△中の船頭を一週間買いあげて、捜したそうです。これは×××大将の方からも、入費が出たそうで……その骨揚の日には、私も寄ばれましたっけが、忰の筺の品を二品ほ・・・ 徳田秋声 「躯」
・・・苫のかげから漏れる鈍い火影が、酒に酔って喧嘩している裸体の船頭を照す。川添いの小家の裏窓から、いやらしい姿をした女が、文身した裸体の男と酒を呑んでいるのが見える。水門の忍返しから老木の松が水の上に枝を延した庭構え、燈影しずかな料理屋の二階か・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・そは遮ぎられたる風の静なる顫動さながら隠れし小禽のひそかに飛去るごとくさとむらがり立ちて起ると見れば消え去るなり。また Odelettes と題せられた小曲の中にも、次の如きものがある。Un petit rose・・・ 永井荷風 「向嶋」
出典:青空文庫