・・・ すばらしい葬送曲ができるぞ。」 クラバックは細い目をかがやかせたまま、ちょっとマッグの手を握ると、いきなり戸口へ飛んでいきました。もちろんもうこの時には隣近所の河童が大勢、トックの家の戸口に集まり、珍しそうに家の中をのぞいているのです・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・「どうしても遇えないでございましょうか?」 お蓮に駄目を押された道人は、金襴の袋の口をしめると、脂ぎった頬のあたりに、ちらりと皮肉らしい表情が浮んだ。「滄桑の変と云う事もある。この東京が森や林にでもなったら、御遇いになれぬ事もあ・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・私はほとんど雀躍しました。滄桑五十載を閲した後でも、秋山図はやはり無事だったのです。のみならず私も面識がある、王氏の手中に入ったのです。昔は煙客翁がいくら苦心をしても、この図を再び看ることは、鬼神が悪むのかと思うくらい、ことごとく失敗に終り・・・ 芥川竜之介 「秋山図」
・・・当時の大学は草創時代で、今の中学卒業程度のものを収容した。殊に鴎外は早熟で、年齢を早めて入学したからマダ全くの少年だった。が、少年の筆らしくない該博の識見に驚嘆した読売の編輯局は必ずや世に聞ゆる知名の学者の覆面か、あるいは隠れたる篤学であろ・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・わたくしがこの文についてここに註釈を試みたくなったのも、滄桑の感に堪えない余りである。「忍ヶ岡」は上野谷中の高台である。「太郎稲荷」はむかし柳河藩主立花氏の下屋敷にあって、文化のころから流行りはじめた。屋敷の取払われた後、社殿とその周囲・・・ 永井荷風 「里の今昔」
・・・又、或るひとの感想の中には、ゴーリキイの盛大な葬送の光景を写真で見てプロレタリア作家としての幸福を思い、小林多喜二の不幸な生涯の終りを思いくらべた、何という違いであろう、と感慨がのべられており、その比較などもつよく私の心を打った。 私に・・・ 宮本百合子 「「ゴーリキイ伝」の遅延について」
・・・この恐怖は、祖母の葬送前後著しく私を悩した。それを考えると、自分の健康なのが却って重荷のようで、涙が出た。私が先に死ぬのであったら、一番よい。愛する者を次々に送って、最後に自分の番になる寂寥を思うと殆ど堪え難く成った。 日数が経つと、そ・・・ 宮本百合子 「祖母のために」
出典:青空文庫