・・・従って一般の読者は文学作品と言えば、ブルジョア作家のものも、プロレタリア作家と云われる人々のものも等し並みに、自分の主観的な嗜好に従ってただ読み過す状態に置かれている。 島木健作氏の「癩」「盲目」その他の作品が広く読まれた事情には、これ・・・ 宮本百合子 「ヒューマニズムへの道」
・・・六に多言にて慎なく物いい過すは親類とも中悪く成り家乱るる物なれば去るべし。七には物を盗む心有るは去る。此七去は皆聖人の教也。」 聖人というのは支那の儒教の聖人のことなのだが、女の生涯は、この七箇条を見たばかりでも、何と息も詰るばかりの有・・・ 宮本百合子 「三つの「女大学」」
・・・作者永井荷風は、夏の夕方になると軒並にラウド・スピイカアのスウィッチを入れて、俗悪・卑雑な騒ぎを放散させる五月蠅さに堪りかねて、丁度十時頃ラジオの終るまでの時刻をどこかラジオのならないところで過す工夫をこらす。そして、遂に墨東、亀戸辺の私娼・・・ 宮本百合子 「「ラジオ黄金時代」の底潮」
・・・日曜日の午後は半ズボンで過す英国人らしく哄笑しつつM氏は説明するだろう。 ――今更そんなものいくら見たってしょうがありゃしませんよ。今日では英国人自身が紳士なんて言葉は便所にしか役に立ってないって云ってる位だもの。……ああ云うところはね・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
・・・ 父はこの三四年来特に、私と一緒にいられる時は十分思いのこすところないだけ楽しく仲よく過すという心持になっていた。父と娘という互の心持から云えば考えることも出来ないような力が否応なく外から働きかけて来て、自由に会えなくなったりすることの・・・ 宮本百合子 「わが父」
・・・ 今日の生活は、こういう単純な警告に対して、論争はせずに唯笑って過す程、女の社会性は複雑になって来ている。はっきりそれを言葉として云うか云わぬかは別として、人生の目的という観念そのものに詮索の目を向けている。怒らず働いて、生活の不安がな・・・ 宮本百合子 「私たちの社会生物学」
・・・幸いにきょうはこの方角の山で木を樵る人がないと見えて、坂道に立って時を過す安寿を見とがめるものもなかった。 のちに同胞を捜しに出た、山椒大夫一家の討手が、この坂の下の沼の端で、小さい藁履を一足拾った。それは安寿の履であった。 ・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
・・・しまいには紫川の東の川口で、旭町という遊廓の裏手になっている、お台場の址が涼むには一番好いと極めて、材木の積んであるのに腰を掛けて、夕凪の蒸暑い盛を過すことにした。そんな時には、今度東京に行ったら、三本足の床几を買って来て、ここへ持って来よ・・・ 森鴎外 「鶏」
出典:青空文庫