・・・ 人に云われても一度自分の心で決した事はいやでも応でも仕とげる、そのために態度は随分粗野であった。 声なんかも荒く出来て居た。 けれ共色は白く髪は厚かった。粗野な一面には非常にデリケートな感情があって父親や兄達のこまこました事は・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・彼の時代の観客は、その騒々しい粗野な平土間席で、昨日帝劇の見物がそれを見て大いに笑ったその笑いの内容で、笑って見物したであろうか。この世にありえないことがわかりきった安らかさで笑っていた、その笑いを笑ったであろうか。ルネッサンスは、近代科学・・・ 宮本百合子 「現代の主題」
・・・つまり、人間としての合理的な幸福は、まだそんな低い、偶然にかけられている未熟な粗野な社会であるともいえるのである。 今のところ、女の幸福がしきりにいわれる歴史の根拠は、そのような意味で架空なものではないのだが、さて、幸福というものを私た・・・ 宮本百合子 「幸福の感覚」
・・・かに日頃からそういうモメントがふくまれていることには寸毫も思いめぐらさないで、全級の前での嘲りをこめた叱責と水で洗いおとさせるという処置しかできなかったのも、おそらくはその時分の正しさについての常識の粗野さであったろう。 こんな自然な話・・・ 宮本百合子 「歳月」
・・・ まるで孵りたての赤むけ鳩のように、感覚ばかりで激しく未熟な生の戦慄を感じ、粗野な智慧の目醒めにいる女学校三年の娘に、どうして母の女性としての成熟しつくした苦悩がわかろう。 その時分、よく蒼い顔をして、痛い頭で学校へ行った。母は出産・・・ 宮本百合子 「時代と人々」
・・・ ヒューマニズムは単なる生命主義ではないといわれつつも当時北條民雄の「いのちの初夜」その他が生の緊張の美として一つのセンセーションを起し癩文学という通俗の呼び名が作者たちの忿懣を招いたこともあった。 現代のヒューマニズムは頽廃の中に・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・困窮な下層小市民の家庭から出て、大学教育まで受け、時代の波に洗われて親が描いたような出世の道は辿らなかった一青年が、遂に自分の教養、知性のまやかしものであることに思い到って、出生した社会層の伝習とその粗野な表現に新しい人間的値うちを見出す心・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・主旨賛成、但、彼女の粗野なべらんめえ口調にはほとほと参ってしまった。 二十八日 英男縫いものの材料としてまとめて置いたぼろを持って来てくれた。一包だけ。 母上には困って居る人間の心持がわからないのだろう。困る。心持がわるかっ・・・ 宮本百合子 「大正十二年九月一日よりの東京・横浜間大震火災についての記録」
・・・彼と話すこと、遊ぶこと、笑うこと、それ等は十九歳になろうとするアグネスの外見は粗野で傍若無人のような胸の底につよい憧れとなっている美、優雅、恋の感情にやさしく一致する。自然アグネスはひきつけられずにいられないのであるが、彼女には判らない。「・・・ 宮本百合子 「中国に於ける二人のアメリカ婦人」
・・・一つでも、その半片でも、人間が受けている、或は受けなければならない苦難を知ると、その一点を中心として四囲に発散している種々の光彩を見、感じる事が出来るように成るのではあるまいか、私の魂が粗野で、先頃までは鈍かった感触が此頃漸々有るべき発育を・・・ 宮本百合子 「追慕」
出典:青空文庫