・・・さっき柩を舁き出されたまでは覚えて居たが、その後は道々棺で揺られたのと寺で鐘太鼓ではやされたので全く逆上してしまって、惜い哉木蓮屁茶居士などというのはかすかに聞えたが、その後は人事不省だった。少し今、ガタという音で始めて気がついたが、いよい・・・ 正岡子規 「墓」
・・・殊に往来の多いのと太鼓などの鳴って居るのとで考えると土地の祭礼であるという事も分った。上陸した嬉しさと歩行く事も出来ぬ悲しさとで今まで煩悶して居た頭脳は、祭礼の中を釣台で通るというコントラストに逢うてまた一層煩悶の度を高めた。丁度灯ともし頃・・・ 正岡子規 「病」
・・・盆の十六日の次の夜なので剣舞の太鼓でも叩いたじいさんらなのかそれともさっきのこのうちの主人なのかどっちともわからなかった。(踊りはねるも三十がしまいって、さ。あんまりじさまの浮むっとしたような慓悍な三十台の男の声がした。そしてしばらくし・・・ 宮沢賢治 「泉ある家」
・・・ 東京の町なかでこの間のうちあちらこちら盆踊の太鼓が鳴りました。ハア、おどりおどるなら、という唄が流れ、夜更けまで若い人々は踊りました。ことしは豊年というので、ああ踊が立ったのでしょうか。 あの太鼓をきいて思い出した方が多いでしょう・・・ 宮本百合子 「朝の話」
人類の祖先たちは、彼らの原始的な生活のもとで、どんなふうに自分たちの発見と智慧とをもちいてきたのだろう。 太古の人類の希望は、幸福に生きたいという単一の強烈な欲求であった。それらの人々は、自分たちに一本の棒の切れはしを・・・ 宮本百合子 「いのちのある智慧」
・・・日本でも太古の社会で既に紡織の仕事をしていた。天照大神の物語は日本の古代社会には女酋長があったという事実を示しているとともに、その氏族の共同社会での女酋長の仕事の一つとして彼女は織りものをしたということが語られている。天照という女酋長が、出・・・ 宮本百合子 「衣服と婦人の生活」
・・・それは有名なライン河である。太古の文明はこのライン河の水脈にそって中部ヨーロッパにもたらされた。ライン沿岸地方は、未開なその時代のゲルマン人の間にまず文明をうけ入れ、ついで近代ドイツの発達と、世界の社会運動史の上に大切な役割りを持つ地方とな・・・ 宮本百合子 「カール・マルクスとその夫人」
・・・氷河が太古に地球の半を包んだように、何千万年かの後にはまた地球をひろく被うようになるかもしれない。しかし、そうなれば、人間は南へ移住することができる、とコフマンはいっている。この言葉はわかりやすい簡単な言葉だけれども、これだけの一句にも、や・・・ 宮本百合子 「科学の常識のため」
・・・ 太古のエジプト人たちは、人間の生命は息と眼の中に宿るものだと考えた。もしそうでないなら、息がとまったとき死という現象が起り、眼の光が失われてつむったとき人間も死ぬということはない、と彼らは考えた。そして、生命という意味の象形文字は、自・・・ 宮本百合子 「幸福の感覚」
・・・――和歌や俳句の夥しい駄作で、こうも陳腐化されなかった太古の。―― 今、若葉照りの彼方から聞えて来るその声は、私に、八月頃深い山路で耳にする藪鶯の響を思い出させた。板谷峠の奥に、大きい谿川が流れて居る。飛沫をあげて水の流れ下る巖角に裾を・・・ 宮本百合子 「木蔭の椽」
出典:青空文庫