・・・「ちょっと聴いて見給え。胎児の心音が好く聞える。手の脈と一致している母体の心音よりは度数が早いからね。」 佐藤は黙って聴診してしまって、忸怩たるものがあった。「よく話して聞せて遣ってくれ給え。まあ、套管針なんぞを立てられなくて為・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
・・・ そういう工合に、自然主義退治の火が偶然社会主義退治の風であおられると同時に、自然主義の側で禁止せられる出板物の範囲が次第に広がって来て、もう小説ばかりではなくなった。脚本も禁止せられる。抒情詩も禁止せられる。論文も禁止せられる。外国も・・・ 森鴎外 「沈黙の塔」
・・・それからどうかすると先生を退治しようとするねえ。Authoritaeten-Stuermerei というのだね。あれは仏を呵し祖を罵るのだね。」 寧国寺さんは羊羹を食べて茶を喫みながら、相変わらず微笑している。 五・・・ 森鴎外 「独身」
・・・スバルや三田文学がそろそろ退治られそうな模様である。しかしそれはこの新聞には限らない。生存競争が生物学上の自然の現象なら、これも自然の現象であろう。 八、創作家としての伎倆 少し読んだばかりである。しかし立派な伎倆だと認・・・ 森鴎外 「夏目漱石論」
・・・過激思想ももちろんその中に含まれているであろうが、過激思想を退治しようとしている為政者の言行といえどもまたその中に含まれていないのではない。利のために働かず、任務自身のための任務をつくして来た父から見ると、現在の政治家のように利のために動い・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
・・・そうなると今対峙している敵味方の間の勝敗などは、どうでもよくなってしまう。今までの軍国主義者や愛国狂は顔を蒼くしてすみの方へ引き込んで行く。その代わり、英、独、仏、露、敵味方各国の人民はお互いに暖かい情をもって手を握り合い、お互いの民族の優・・・ 和辻哲郎 「世界の変革と芸術」
出典:青空文庫