・・・故に、一つの主義が勃興すれば、それと対蹠的な主義が生起する。かくして、その相剋の間に真理は見出されるのを常とします。しかし、真の殉教者は、そのいずれに於ても、狂信的なるものである。即ち新社会を建設する上に於て、貴い犠牲者でもあります。 ・・・ 小川未明 「文化線の低下」
・・・小説を作るということは結局第二の自然という可能の世界を作ることであり、人間はここでは経験の堆積としては描かれず、経験から飛躍して行く可能性として追究されなければならぬ。そして、この追究の場としての小説形式は、つねに人間の可能性に限界を与えよ・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・昼間日が当っているときそれはただ雑然とした杉の秀の堆積としか見えなかった。それが夕方になり光が空からの反射光線に変わるとはっきりした遠近にわかれて来るのだった。一本一本の木が犯しがたい威厳をあらわして来、しんしんと立ち並び、立ち静まって来る・・・ 梶井基次郎 「冬の蠅」
・・・河たけくして船渡らず、大石流れて箭をつくが如し。道は狭くして繩の如し。草木繁りて路みえず。かかる所へ尋ね入る事、浅からざる宿習也。かかる道なれども釈迦仏は手を引き、帝釈は馬となり、梵王は身に立ちそひ、日月は眼に入りかはらせ給ふ故にや、同十七・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・ 小川を渡って、乾草の堆積のかげから、三人の憲兵に追い立てられて、老人がぼつ/\やって来た。頭を垂れ、沈んで、元気がなかった。それは、憲兵隊の営倉に入れられていた鮮人だった。「や、来た、来た。」 丘の病院から、看護卒が四五人、営・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・そして、家のようなうず高い薪の堆積にぐいと力を入れた。薪は、なだれのように、居眠りをしている×××の頭上を××××、××した。ぐしゃッと人間の肉体が××××音が薪の崩れ落ちる音にまじった。「あ、あぶない、あぶない。薪がひとりでに崩れちゃ・・・ 黒島伝治 「鍬と鎌の五月」
・・・木造の壁の代りに丸太を積重ねていた家の中や乾草の堆積のかげからも、発射の煙が上った。これまでの銃声にまじって、また別の異った太く鈍い銃声がひびいてきた。百姓が日本の兵士に抵抗して射撃しだしたのだ。「やはり、パルチザンだったですね、一寸、・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・その満足・幸福の点においては、七十余歳の吉田忠左衛門も、十六歳の大石主税も、同じであった。その死の社会的価値もまた、寿夭の如何に関するところはないのである。 人生、死に所を得ることはむつかしい。正行でも重成でも主税でも、短命にして、かつ・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・の人を出すことなかったであろう歟、生死孰れが彼等の為めに幸福なりし歟、是れ問題である、兎に角、彼等は一死を分として満足・幸福に感じて屠腹した、其満足・幸福の点に於ては、七十余歳の吉田忠左衛門も十六歳の大石主税も同じであった、其死の社会的価値・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・「島山鳴動して猛火は炎々と右の火穴より噴き出だし火石を天空に吹きあげ、息をだにつく隙間もなく火石は島中へ降りそそぎ申し候。大石の雨も降りしきるなり。大なる石は虚空より唸りの風音をたて隕石のごとく速かに落下し来り直ちに男女を打ちひしぎ・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
出典:青空文庫