・・・ 舟はしばらく大船小船六七艘の間を縫うて進んでいたが、まもなく広々とした沖合に出た。月はますますさえて秋の夜かと思われるばかり、女はこぐ手をとどめて僕のそばにすわった。そしてまた月を仰ぎ、またあたりを見回しながら、「坊様、あなたはお・・・ 国木田独歩 「少年の悲哀」
・・・こはかれが家の庭を流れてかの街を貫くものとは異なり、遠き大川より引きし水道の類ゆえ、幅は三尺に足らねど深ければ水層多く、林を貫く辺りは一直線に走りて薄暗きかなたより現われまた薄暗き林の木陰に隠れ去るなり。村の者が野菜洗うためにとてこの流れの・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・「われ日本の大船とならん」というような表現を彼は好んだ。また彼の消息には「鏡の如く、もちひのやうな」日輪の譬喩が非常に多い。 彼の幼時の風貌を古伝記は、「容貌厳毅にして進退挺特」と書いている。利かぬ気の、がっしりした鬼童であったろう。そ・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・欧洲大戦当時、フランスとイギリスのブルジョアジーは、ベルギーと、その他の国民の解放のために戦争を行っていると主張して民衆を欺いた。ほんとは、自分の掠奪した植民地を保持するために戦争をやっていたのだ。独逸の帝国主義者は、又、イギリスやフランス・・・ 黒島伝治 「反戦文学論」
・・・ケイズ釣りというのはそういうのと違いまして、その時分、江戸の前の魚はずっと大川へ奥深く入りましたものでありまして、永代橋新大橋より上流の方でも釣ったものです。それですから善女が功徳のために地蔵尊の御影を刷った小紙片を両国橋の上からハラハラと・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・陸の八百八街は夜中過ぎればそれこそ大層淋しいが、大川は通船の道路にもなって居る。漁士も出て居る、また闇の夜でも水の上は明るくて陽気なものであるから川は思ったよりも賑やかなものだ。新聞を見ても知れることで、身を投げても死損ねる、……却って助か・・・ 幸田露伴 「夜の隅田川」
・・・ なア大川のおかみさん! おれ何時か云ってやろう、云ってやろうと思って待っていたんだが、お前さんとこの働き手や俺ンとこの一人息子をこったら事にしてしまったのは、この」と云って、お前の母を突き殺すでもするように指差しながら、「この伊藤のあんさ・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・それに国との手紙の往復にも多くの日数がかかり世界大戦争の始まってからはことに事情も通じがたいもどかしさに加えて、三年の月日の間には国のほうで起こった不慮な出来事とか種々の故障とかがいっそう旅を困難にした。私も、外国生活の不便はかねて覚悟して・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・永代橋が焼けおちるのと一しょに大川の中へおちて、後でたすけ上げられた或婦人なぞは、最初三つになる子どもをつれて、深川の方からのがれて来て、橋の半ば以上のところまで、ぎゅうぎゅうおされてわたって来たと思うと、急に、さきが火の手にさえぎられて動・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・ディオニシアスは遂にシラキュース人を率いて、それらのアフリカ人と大戦をしました。そして手ひどく打ち負してしまいました。 そんなわけで、ディオニシアスはシラキュース中で第一ばんの幅利きになりました。それでだんだんにほかの議政官たちを押しの・・・ 鈴木三重吉 「デイモンとピシアス」
出典:青空文庫