・・・その側に中隊長と中尉とが立っていた。顔が黒く日に焦げて皺がよっている百姓の嗄れた量のある声が何か答えているのがこっちまで聞えてきた。その声は、ほかの声を消してしまうように強く太くひびいた。 掠めたものを取りあっていた兵士達は、口を噤んで・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・将校の動きも、隊長も指揮官も、相手方の部隊の様子も、軍隊の背後に於ける国内の大衆の生活状態も、そこに於ける階級の関係も、すべて戦争と密接な切り離せない関係を持っている。が、それと共に兵卒は、背後のいろ/\な関係を集団としての自分達のなかに反・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・と探険隊長の演説の中でも紹介されているが、これは子熊の立場からは当然のことであろう。あばれる子熊の横顔へ防寒長靴をはいた人間の足がいくつも飛んで来る。これも人間の立場からは当然であろう。やがて魂の抜けた親熊の死骸が甲板につりおろされると、子・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・ O氏の主催で工業クラブに開かれた茶の会で探険隊員に紹介されてはじめて自分のぼんやりした頭の頂上へソビエト国の科学的活動に関する第一印象の釘を打ち込まれたわけである。 隊長シュミット氏は一行中で最も偉大なる体躯の持ち主であって、こう・・・ 寺田寅彦 「北氷洋の氷の割れる音」
・・・けれども日本の左翼運動の歴史的な退潮の原因は単にそういう一群の生活の裡にのみ在ったのであり、又敗北の結果は単にその一群の生活の上にだけ降りかかって終るものであろうか。 今日作家が一般的に、こういう面でのみ闊達であり得るということについて・・・ 宮本百合子 「落ちたままのネジ」
・・・いま公判がひらかれている吉村隊長が、外蒙の日本人捕虜収容所のボスとして行った残虐と背徳行為が社会問題化したのは、「暁に祈る」という怪奇なテーマをもつ記録文学がいくとおりか発表され、輿論の注目をひいたためであった。現地の軍当局の信じられないほ・・・ 宮本百合子 「ことの真実」
・・・日本の左翼運動の退潮はインテリゲンツィアを或る意味で全面的に動揺させ帰趨を失わしめた。文学の仕事に従うインテリゲンツィアにもこのことは強烈に作用している。しかも日本には日本文学の伝統として、近代文学の確立と同時に文学者は一般官吏、実業家、軍・・・ 宮本百合子 「今日の文学の鳥瞰図」
・・・ 左翼の歴史が何故そのように急な興隆と急な退潮とを余儀なくされているかということについて、詳細にここで触れる必要のないことであろうと思うが、これ等の重大な歴史の相貌は悉く、日本がヨーロッパよりおくれて、而も独自な事情のもとに近代社会とし・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・左翼の力が退潮した後、思想上の混乱から彼は死のうとして失敗し、やがて「感化教育の中に一生を投じ、自分の思想、信念を生かそうとして」いる現状である。妻の胤子が、女にあり勝の外部からの刺激に動かされ易い性質から左翼の活動に入ったが、その高揚期が・・・ 宮本百合子 「作品のテーマと人生のテーマ」
・・・によって第一段の債鬼追っ払いをした時代であり、日本文学の動向に於てかえり見ると、これは明瞭な指導性をもつ文芸思潮というものが退潮して後、しかも今日では被うべくもない文化に対する統制が次第に現れようとする時であった。森田たま氏の「もめん随筆」・・・ 宮本百合子 「作家のみた科学者の文学的活動」
出典:青空文庫