・・・しかしよしや大智深智でないまでも、相応に鋭い智慧才覚が、恐ろしい負けぬ気を後盾にしてまめに働き、どこかにコッツリとした、人には決して圧潰されぬもののあることを思わせる。 客は無雑作に、「奥さん。トいう訳だけで、ほかに何があったのでも・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・ 近松になると、もう明瞭に女の女らしさ、男の心に対置されたものとしての女心の独特な波調が、その芸術のなかにとらえられて来ている。よきにつけあしきにつけ主動的であり、積極的である男心に添うて、娘としては親のために、嫁いでは良人のために、老・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
・・・統一は、図式弁証法への定式化によって、二つの問題を正・反と対置したところから何か固定した形で結論として出てくるのでは決してない。 鈴木清は論文の中で「作品はなるほど組織活動なしにも書き得る。然し問題は別してそれらの創作がプロレタリア文学・・・ 宮本百合子 「一連の非プロレタリア的作品」
・・・ もし浅薄に、旧いしきたりに準じて作家と読者というものを形式上対置して、今の読者はものを知らないという風な観かたに止れば宇野浩二のような博識も、畢竟明治大正文学の物識り博士たるに止ってしまう。 先頃『文芸』にのった作家と作家の文芸対・・・ 宮本百合子 「今日の作家と読者」
・・・散文精神という言葉はこれらの作家達によって言われているのであるが、ロマンティシズムに対する、又は常套的な詩的精神に対する現実の強調、勇気ある散文の精神を対置している意味は何人にも明かであるとして、現実と作家との関係を方向づけている上述のよう・・・ 宮本百合子 「今日の文学の鳥瞰図」
・・・三木氏のヒューマニズム論は、あやまれる客観主義の否定、日本における社会生活と思想の伝統の特徴にふれて、今日のヒューマニズムの性質を明かにしようという努力にもかかわらず、あしき客観主義に対置するヒューマニスティックなものとして「主観性の昂揚」・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・文学におけるリアリズムもやはり世界史的な拡大のときにあって、従来対置されているロマンティシズムが、その発生の現実にまでさかのぼって捉えられるという意味で、かえってリアリズムとの統一を可能にして行きそうに思われるのである。〔一九四〇年九月・・・ 宮本百合子 「作家と時代意識」
・・・ジイドは、自分の立場を確然とこれらの一群と対置しようとした。ソヴェトの偉業にたいする讚歎の情があればこそ、ソヴェトが彼に希望することを許したものがあればこそ強まる彼の批評精神によって「ソヴェトによって実現された事業は十中の八九まで実に称讚に・・・ 宮本百合子 「ジイドとそのソヴェト旅行記」
・・・ 文学の文学らしさを求めるこの郷愁は、素材主義的な長篇に対置した希望で短篇小説に眼を向けさせ、岡田三郎の伸六という帰還兵を主人公とする連作短篇なども現れた。また十四年度に著しい現象とされた婦人作家の作品への好意と興味とも、一面ではそこに・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・横光利一・小林秀雄というような人々の悲惨は、いかに文飾したとしても、自身を、日本の民主的文学の伝統に固定的に対置させた反措定としての存在以上に発展せしめる人間的能力をもっていないという点です。そのために動的な歴史の過程にあっては真実の反措定・・・ 宮本百合子 「一九四六年の文壇」
出典:青空文庫