・・・云わば実戦に堪える体力を養ってくれた教練のようなものであったのである。平凡な結論ではあるが、学生のときには講義も演習もやはり一生懸命勉強するに限るのであろう。 しかし、米の飯だけでは生きては行かれぬように、学校の正課を正直に勉強するだけ・・・ 寺田寅彦 「科学に志す人へ」
・・・浜の真砂が磨滅して泥になり、野の雑草の種族が絶えるまでは、災難の種も尽きないというのが自然界人間界の事実であるらしい。 雑草といえば、野山に自生する草で何かの薬にならぬものはまれである。いつか朝日グラフにいろいろな草の写真とその草の薬効・・・ 寺田寅彦 「災難雑考」
・・・そのように少なくも二千年かかって研究しつくされた結果に準拠して作られた造営物は昨年のような稀有の颱風の試煉にも堪えることが出来たようである。 大阪の天王寺の五重塔が倒れたのであるが、あれは文化文政頃の廃頽期に造られたもので正当な建築法に・・・ 寺田寅彦 「颱風雑俎」
・・・ 少々価は高くとも長い使用に堪えるほんとうのものがほしいと思っても、そんなものは今の市場ではなかなか容易には得られない。たとえばプラチナを使った呼び鈴などは、高くてだれも買い手はないそうである。これは実際それほど必要ではないかもしれない・・・ 寺田寅彦 「断水の日」
・・・そうして、野生の鳥獣が地震や風雨に堪えるようにこれら未開の民もまた年々歳々の天変を案外楽にしのいで種族を維持して来たに相違ない。そうして食物も衣服も住居もめいめいが自身の労力によって獲得するのであるから、天災による損害は結局各個人めいめいの・・・ 寺田寅彦 「天災と国防」
・・・ こういうすいた車が数台つづくと、それからまた五分あるいは十分ぐらいの間はしばらく車がと絶える。その間に停留所に立つ人の数はほぼ一定の統計的増加率をもって増して行く。それが二十人三十人と集まったころにやって来る最初の車は、必ずすでに初め・・・ 寺田寅彦 「電車の混雑について」
・・・ 日本の家屋が木造を主として発達した第一の理由はもちろん至るところに繁茂した良材の得やすいためであろう、そうして頻繁な地震や台風の襲来に耐えるために平家造りか、せいぜい二階建てが限度となったものであろう。五重の塔のごときは特例であるが、・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・ただ私の父の血が絶えるということが私自身にはどうでもいいことであるにしても、私たちの家にとって幾分寂しいような気がするだけであった。もちろんその寂しい感じには、父や兄に対する私の渝わることのできない純真な敬愛の情をも含めないわけにはいかなか・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・粧の仕方を見ても、更に嫌悪を催す様子もなく、かえって老年のわたくしがいつも感じているような興味を、同じように感じているものらしく、それとなくわたくしと顔を見合せるたびたび、微笑を漏したいのを互に強いて耐えるような風にも見られるのであった。思・・・ 永井荷風 「草紅葉」
・・・彼には、堪える丈堪えたのだと云う自己に対する承認とともに万事を放擲した心境が、一種の感傷癖でなつかしく思われたのだろう。 又、彼のすばしこさで、この事件に対する世人の good will も分ったに違いない。彼の、「自分の決心は定って居・・・ 宮本百合子 「有島武郎の死によせて」
出典:青空文庫