・・・ひとりでに命の絶える時が近づいた様に男がもの首はほそくなって居る。 この頃 私はこの頃こんな事を思ってます。大した事ではもとよりなく何にも新しい事でもありゃあしませんが、この頃になって私の心に起った事というだけなんで・・・ 宮本百合子 「芽生」
・・・彼らは黙って静かにその苦しみに堪える。むしろある遠隔な土地へ行くためにはその苦しみが当然であることを感じている。たとえ眠られぬ真夜中に、堅い腰掛けの上で痛む肩や背や腰を自分でどうにもできないはかなさのため、幽かな力ない嘆息が彼らの口から洩れ・・・ 和辻哲郎 「停車場で感じたこと」
・・・ 苦患に堪える態度は一つしかない。そしてそれをベエトォフェンの面が暗示する。苦患に打ち向こうて、苦患と取り組んで、沈黙、静寂、悲痛の内に、苦患の最後の一滴まで嘗め尽くす。この態度のみが耐忍の名に価するだろう。 苦患に背を向け、感傷的・・・ 和辻哲郎 「ベエトォフェンの面」
出典:青空文庫