・・・「おとうさん、タオルは?」「タオルはいらない。子供たちに気をつけるのだよ」 僕は又歩みをつづけ出した。が、僕の歩いているのはいつかプラットフォオムに変っていた。それは田舎の停車場だったと見え、長い生け垣のあるプラットフォオムだっ・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・Mはタオルを頭からかぶってどんどん飛んで行きました。私は麦稈帽子を被った妹の手を引いてあとから駈けました。少しでも早く海の中につかりたいので三人は気息を切って急いだのです。 紆波といいますね、その波がうっていました。ちゃぷりちゃぷりと小・・・ 有島武郎 「溺れかけた兄妹」
・・・そしてタオルでポチのからだをすっかりふいてやった。ポチを寝床の上に臥かしかえようとしたら、いたいとみえて、はじめてひどい声を出して鳴きながらかみつきそうにした。人夫たちも親切に世話してくれた。そして板きれでポチのまわりに囲いをしてくれた。冬・・・ 有島武郎 「火事とポチ」
・・・ 湯槽にタオルを浸けて、「えらい温るそうでんな」 馴々しく言った。「ええ、とても……」「……温るおまっか。さよか」 そう言いながら、男はどぶんと浸ったが、いきなりでかい声で、「あ、こら水みたいや。無茶しよる。水風・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・師走だというのに夏服で、ズボンの股が大きく破れて猿股が見え、首に汚れたタオルを巻いているのは、寒さをしのぐためであろう。「はいれ。寒いだろう」「へえ。おおけに、済んまへん。おおけに」 ペコペコ頭を下げながら、飛び込むようにはいり・・・ 織田作之助 「世相」
・・・道子は制服のまま氷を割ったり、タオルを絞りかえたりした。朝、医者が来た。肋膜を侵されているということだった。 医者が帰ったあとで、道子は薬を貰いに行った。粉薬と水薬をくれたが、随分はやらぬ医者らしく、粉薬など粉がコチコチに乾いて、ベッタ・・・ 織田作之助 「旅への誘い」
・・・そして濡れたタオルを繰り返した。金を払って帽子をうけとるとき触って見るとやはり石鹸が残っている。なんとか言ってやらないと馬鹿に思われるような気がしたが止めて外へ出る。せっかく気持よくなりかけていたものをと思うと妙に腹が立った。友人の下宿へ行・・・ 梶井基次郎 「泥濘」
・・・それから財布のなかを調べて懐に入れ、チリ紙とタオルを枕もとに置いた。そういう動作をしているお前の妹の顔は、お前が笑うような形容詞を使うことになるが、紙のように蒼白だった。しかし、それは本当にしっかりした、もの確かな動作だったよ。特高が入って・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・、ひとり、ひとりお膳に向って坐り、祖母、母、長兄、次兄、三兄、私という順序に並び、向う側は、帳場さん、嫂、姉たちが並んで、長兄と次兄は、夏、どんなに暑いときでも日本酒を固執し、二人とも、その傍に大型のタオルを用意させて置いて、だらだら流れる・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・ 夏、家族全部三畳間に集まり、大にぎやか、大混乱の夕食をしたため、父はタオルでやたらに顔の汗を拭き、「めし食って大汗かくもげびた事、と柳多留にあったけれども、どうも、こんなに子供たちがうるさくては、いかにお上品なお父さんといえども、・・・ 太宰治 「桜桃」
出典:青空文庫