・・・千六百、いや、西暦千七百、千九百、笑いなさい、うんと笑いなさい、あなたは自分の才能にたよりすぎて、師を軽蔑しているのです、むかし支那に顔回という人物がありました、等といろんな事を言い出して一時間くらい経つと、けろりとして、また此の次の事にし・・・ 太宰治 「千代女」
・・・ポルジイのドリスを愛することは、知り合いになってから、月日が立つと共に、深くなって来る。どんなに面白い女か、どんな途方もない落想のある女かと云うことが、段々知れて来るのである。貴族仲間の禁物は退屈と云うものであるに、ポルジイはこの女と一しょ・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・もうすぐにパリイへ立つ予定なのだから、なるたけ急いでベルリンの見物をしてしまわなくてはならないのである。ホテルを出ようとすると、金モオルの附いた帽子を被っている門番が、帽を脱いで、おれにうやうやしく小さい包みを渡した。「なんだい」とおれ・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・「彼が壇上に立つと聴衆はもうすぐに彼の力を感ずる。ドイツ語がわかる分らぬは問題でない。ともかくも力強く人に迫るある物を感ずる。」「重大な事柄を話そうとする人にふさわしいように、ゆっくり、そして一語一句をはっきり句切って話す。しかし少・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・ こうは言うもののまたよくよく考えて見ていると災難の原因を徹底的に調べてその真相を明らかにして、それを一般に知らせさえすれば、それでその災難はこの世に跡を絶つというような考えは、ほんとうの世の中を知らない人間の机上の空想に過ぎないではな・・・ 寺田寅彦 「災難雑考」
・・・このような障害の根を絶つためには、一般の世間が平素から科学知識の水準をずっと高めてにせ物と本物とを鑑別する目を肥やしそして本物を尊重しにせ物を排斥するような風習を養うのがいちばん近道で有効ではないかと思ってみた。そういう事が不可能ではない事・・・ 寺田寅彦 「断水の日」
・・・宅のすぐ向う側に風呂屋が建つことになって、昨日から取毀しが始まった。この出来事によって今年の夏の暑さの記憶は相当に濃厚なものになるであろうと思われる。 四 験潮旅行 明治三十七年の夏休みに陸中釜石附近の港湾の潮・・・ 寺田寅彦 「夏」
・・・近代では洋服が普及されたが、固有な和服が跡を絶つ日はちょっと考えられない。たとえば冬湿夏乾の西欧に発達した洋服が、反対に冬乾夏湿の日本の気候においても和服に比べて、その生理的効果がすぐれているかどうかは科学的研究を経た上でなければにわかに決・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・それはもとより子供の素質にもよるだろうし、前後の事情にもよるだろうと思うが、実用的にはやはり、動物の生命を絶つ行為はすべて残酷でいけない事であるという事に取りきめておくほうが簡単で安全だろうと思う。そうかと言ってこのような重大な現象を無感覚・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・しかし、日本人の日常生活がだんだん西洋人のに近くなって一世紀二世紀と経つうちには髪の色もだんだん明るくなって行かないとも限らないであろう。 呼び物の「金色の女」はなるほどどうしても血の通っている人間とは思われなくて、金属の彫像が動いてい・・・ 寺田寅彦 「マーカス・ショーとレビュー式教育」
出典:青空文庫