・・・ イギリス海岸には、青白い凝灰質の泥岩が、川に沿ってずいぶん広く露出し、その南のはじに立ちますと、北のはずれに居る人は、小指の先よりもっと小さく見えました。 殊にその泥岩層は、川の水の増すたんび、奇麗に洗われるものですから、何とも云・・・ 宮沢賢治 「イギリス海岸」
・・・ また、或る婦人雑誌はその背後にある団体独特の合理主義に立ち、そして『婦人画報』は、或る趣味と近代機智の閃きを添えて、いずれも、これらのトピックを語りふるして来たものである。 ところが、今日、これらの題目は、この雑誌の上で、全く堂々・・・ 宮本百合子 「合図の旗」
・・・』 アウシュコルンは驚惶の体で、コーンヤックの小さな杯をぐっとのみ干して立ちあがった。長座した後の第一歩はいつもながら格別に難渋なので、今朝よりも一きわ悪しざまに前にかがみ、『わしはここにいるよ、わしはここにいるよ。』と繰り返し・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・境内の杉の木立ちに限られて、鈍い青色をしている空の下、円形の石の井筒の上に笠のように垂れかかっている葉桜の上の方に、二羽の鷹が輪をかいて飛んでいたのである。人々が不思議がって見ているうちに、二羽が尾と嘴と触れるようにあとさきに続いて、さっと・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・(男の呆れて立ち竦 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「最終の午後」
・・・ 一人は五十前後だろう、鬼髯が徒党を組んで左右へ立ち別かれ、眼の玉が金壺の内ぐるわに楯籠り、眉が八文字に陣を取り、唇が大土堤を厚く築いた体、それに身長が櫓の真似して、筋骨が暴馬から利足を取ッているあんばい、どうしても時世に恰好の人物、自・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・ 秋三は立ち上った。「おい、頼む頼む。お母に一寸云うてくれったら。」 秋三はそのまま黙って柴を担ごうとすると、「お前とこ、俺とこの母屋やないか、頼むで置かしてくれよ。」と安次は云った。「俺とこが母屋や?」「そうとも、・・・ 横光利一 「南北」
・・・ フィンクはそっと立ち上がった。長椅子に音をさせないように立ち上がった。そして探りながら廊下の戸の方へ行った。 用心して戸口を出て跡を締めた。 それから、跡を追っ掛けて来るものでもあるように、燈の光のぼんやり差している廊下を、寐・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
・・・却説去廿七日の出来事は実に驚愕恐懼の至に不堪、就ては甚だ狂気浸みたる話に候へ共、年明候へば上京致し心許りの警衛仕度思ひ立ち候が、汝、困る様之事も無之候か、何れ上京致し候はば街頭にて宣伝等も可致候間、早速返報有之度候。新年言志・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
出典:青空文庫