・・・のみならず彼女の服装とか、或は彼女の財産とか、或は又彼女の社会的地位とか、――それらも長所にならないことはない。更に甚しい場合を挙げれば、以前或名士に愛されたと云う事実乃至風評さえ、長所の一つに数えられるのである。しかもあのクレオパトラは豪・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・家族とか財産とか社会的地位とか云うことには自然と冷淡になっているのです。おまけに一番悪いことはその人としてだけ考える時でもいつか僕自身に似ている点だけその人の中から引き出した上、勝手に好悪を定のみならずこの奥さんの気もちに、――S君の身もと・・・ 芥川竜之介 「手紙」
・・・――こういうことは詩を既定のある地位から引下すことであるかもしれないが、私からいえば我々の生活にあってもなくても何の増減のなかった詩を、必要な物の一つにするゆえんである。詩の存在の理由を肯定するただ一つの途である。 以上のいい方はあまり・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・この言をしてもし平生にあらしめば必ず一条の紛紜を惹き起こすに相違なきも、病者に対して看護の地位に立てる者はなんらのこともこれを不問に帰せざるべからず。しかもわが口よりして、あからさまに秘密ありて人に聞かしむることを得ずと、断乎として謂い出だ・・・ 泉鏡花 「外科室」
・・・ 景物なしの地位ぐらいに、句が抜けたほど、嬉しがったうちはいい。 少し心安くなると、蛇の目の陣に恐をなし、山の端の霧に落ちて行く――上じょうろうのような優姿に、野声を放って、「お誓さん、お誓さん。姉さん、姐ご、大姐ご。」 立・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・それにしても岡村の家は立派な士族で、此地にあっても上流の地位に居ると聞いてる。こんな調子で土地の者とも交際して居るのかしらなど考える。百里遠来同好の友を訪ねて、早く退屈を感じたる予は、余りの手持無沙汰に、袂を探って好きもせぬ巻煙草に火をつけ・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・文人の社会的地位が今一層高くなければならぬ事を痛切に感ずる。 有体に言うと今の文人の多くは各々蝸牛の殻を守るに汲々として互いに相褒め合ったり罵り合ったりして聊かの小問題を一大事として鎬を削ってる。毎日の新聞、毎月の雑誌に論難攻撃は絶えた・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・もし私に金がたくさんあって、地位があって、責任が少くして、それで大事業ができたところが何でもない。たとい事業は小さくても、これらのすべての反対に打ち勝つことによって、それで後世の人が私によって大いに利益を得るにいたるのである。種々の不都合、・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・特に、今日の資本主義に反抗して、芸術を本来の地位に帰す戦士でなければなりません。かゝる芸術の受難時代が、いつまでつゞくか分りませんが、考えようによって、アムビシャスな作家には、興味ある時代であります。・・・ 小川未明 「作家としての問題」
・・・一つ会社に十何年間かこつこつと勤め、しかも地位があがらず、依然として平社員のままでいる人にあり勝ちな疲労がしばしばだった。橋の上を通る男女や荷馬車を、浮かぬ顔して見ているのだ。 近くに倉庫の多いせいか、実によく荷馬車が通る。たいていは馬・・・ 織田作之助 「馬地獄」
出典:青空文庫