・・・ 又 古人は民衆を愚にすることを治国の大道に数えていた。丁度まだこの上にも愚にすることの出来るように。――或は又どうかすれば賢にでもすることの出来るように。 チエホフの言葉 チエホフはその手記の中に男・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・ところが驚いたことには、参会者はすでに整列をすましていて、何のことはない私は遅刻して来た者のようであった。それで私はおそるおそる分会長の前へ出頭すると、分会長はいきなり私の顔を撲って、莫迦野郎、今頃来る奴があるかと奴鳴った。 私は点呼令・・・ 織田作之助 「髪」
・・・教室では教師がはいって来ると、もみ消さねばならなかったが、授業中吸えないというのが情けなくて、教師と入れちがいに教室をぬけ出すことがしばしばであった。遅刻した時も教室の廊下で一本吸ってからはいった。試験の時は、早く外へ出て吸いたい気持にから・・・ 織田作之助 「中毒」
・・・はあったから、少しだけつきあって、いよいよとなれば席を外して駈けつけよう、そんな風な虫のよいことを考えてついて行ったところ、こんどはその席を外すということが容易でなく、結局ずるずると引っ張られて、到頭遅刻してしまったのだ――と、そんな風に考・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・「相川さん、遅刻届は活版摺にしてお置きなすったら、奈何です」などと、小癪なことを吐す受付の小使までも、心の中では彼の貴い性質を尊敬して、普通の会社員と同じようには見ていない。 日本橋呉服町に在る宏壮な建築物の二階で、堆く積んだ簿書の裡に・・・ 島崎藤村 「並木」
・・・酒は不潔な堕落のような気がして、このとしになるまで盃をふくんだ事がなかったのですが、国内に酒が少し不足になりかけた頃に、あわてて酒の稽古をするとは、実に、おどろくべき遅刻者であります。私は、いつでも遅刻ばっかりしていました。いっそトラックを・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・武蔵は約束の時間を何時間も遅刻してさんざんに相手をじらしたというのである。武蔵もまたどこかユダヤ人のような頭の持ち主であったのかもしれない。 十 「只野凡児」第二編 凡児の勤めている会社がつぶれて社長が失踪したという・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・ 勝負事を否定するかと思うと、双六の上手の言葉を引いて修身治国の道を説いたり、ばくち打の秘訣を引いて物事には機会と汐時を見るべきを教えている。この他にも賭事や勝負に関する記事のあるところを見ると著者自身かなりの体験があったことが想像され・・・ 寺田寅彦 「徒然草の鑑賞」
・・・従って次の停留所でその遅刻のためによけいに収容しなければならない前述の nb の数を増加させる。その結果はさらに循環的に、その次の停留所に着く時刻を遅らせる、and so on で、この乙電車の混雑はだんだんに増すばかりである。最も簡単な理・・・ 寺田寅彦 「電車の混雑について」
・・・もっとも先生は毎朝遅刻する人でけっして定刻に二階から天下った事はない。「いや御早う」。妻君の妹が Good morning と答えた。吾輩も英語で Good morning といった。田中君はムシャムシャやっている。吾輩は Excuse m・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
出典:青空文庫