・・・安全地帯に立っていた中年の下町女が何気なしにバスの間を覗いていたがふと自分の前の少女を見付けてびっくりしたような顔をして穴の明くほど見詰めていたようである。 浜町近くなる頃には他の乗客はもうみんな下りてしまって、その少女と自分と二人きり・・・ 寺田寅彦 「初冬の日記から」
・・・ このように、颱風は大陸と日本との間隔を引きはなし、この帝国をわだつみの彼方の安全地帯に保存するような役目をつとめていたように見える。しかし、逆説的に聞えるかもしれないが、その同じ颱風はまた思いもかけない遠い国土と日本とを結び付ける役目・・・ 寺田寅彦 「颱風雑俎」
・・・しかし、もしも丸の内全部が地下百尺の七層街になっていたとしたら、また敵にねらわれそうなあらゆる公共設備や工場地帯が全部地下に安置されており、その上に各区の諸所に適当な広さの地下街が配置されていたとしたら、敵の空軍はさぞや張り合いのないことで・・・ 寺田寅彦 「地図をながめて」
・・・きちぎられてしまうような事があり、あるいは少しの培養を与えさえすればものになるべきものを水をやらないために枯死させてしまうようなことがあったとしたら、それはともかくも科学の進歩をたとえ一時であっても、遅滞させるというだけの悪い効果はあるであ・・・ 寺田寅彦 「量的と質的と統計的と」
・・・灌木地帯で、常磐木は見えない。山がある。民家はシベリアとは違い薄い板屋根だ。どの家も、まわりに牧柵をゆって、牛、馬、豚、山羊などを飼っている。家も低い、牧柵もひくい。そして雪がある。 川岸を埋めた雪に、兎か何か獣の小さい足跡がズーとつい・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・――夕方、東京で云えば日本橋のようなクズニェツキー・モーストの安全地帯で電車を待った。 チン、チン、チン。 ベルを鳴らして疾走して来る電車はどれも満員だ。引け時だからたまらない。群衆をかきわけて飛び出した書類入鞄を抱え瘠せた赤髭の男・・・ 宮本百合子 「「鎌と鎚」工場の文学研究会」
・・・「地の平和の緑樹園、安行植木苗木地帯を往く」などで、生活的・文学的感覚を社会的にひろめ深めてゆこうと努力している点で注目をひいている『埼玉文学』にしろ、同人たちは、より人間らしい社会生活の確保と、その文学の確立のために尽力してゆくという大き・・・ 宮本百合子 「しかし昔にはかえらない」
・・・ 青少年を護る 青少年工がこの頃の景気の中で、とかく誘惑に負け、その青春を蝕ばまれるのをふせぎ又指導するために、厚生省が産業報国の機関を動員して、優良会員数名ずつを行動隊に組織し、工場地帯、玉の井、亀戸その他の盛り場へ送り、・・・ 宮本百合子 「女性週評」
・・・や創作「養蚕地帯の秋」などは、地方の生産、それとの関係においての人々を描き、興味があった。文学のひろびろとした発展のために無規準な地方色の偏重は不健全におちいるのであるが、その地方の生産に結びついている大衆の文学的欲求とその表現とがより潤沢・・・ 宮本百合子 「新年号の『文学評論』その他」
・・・社会文化が生じて世紀を閲している今日では客観的な意味で、健全な恋愛のためには不毛地帯と呼ぶべきような地域が生じているからである。〔一九三八年十一月〕 宮本百合子 「成長意慾としての恋愛」
出典:青空文庫