・・・小間の床に青楓の横物をちょっと懸ける、そういう趣味が茶器の好みにも現われているのであった。「――これ美味しいわね、どこの」「河村のんどっせ」 章子と東京の袋物の話など始めた女将の、大柄ななりに干からびたような反歯の顔を見ているう・・・ 宮本百合子 「高台寺」
・・・農派の総帥山川均氏をはじめ、親類の男の誰彼が特殊な事情でそれぞれ女のする家のことをもよくするということで、すべての男性というものを気よくその中へ帰納してしまい、最後に到って飄逸たらんと試みられたものか茶気満々な文体で「たしかに女は家庭の女王・・・ 宮本百合子 「昨今の話題を」
・・・その隙間を見ているうちにはる子は漠然と憂鬱を感じ、茶器の出ている自分の机に戻った。 数日後のこと、夜に入って千鶴子が訪ねて来た。同居している老人達とのいきさつが大分込み入って来たらしく話は主として実際の生活法についてであった。老夫婦が金・・・ 宮本百合子 「沈丁花」
・・・骨董で儲けるには茶器を扱って大金持の出入りとならなければ望みはない。今日日本の芸術の特徴とされている「さび」は常人の日暮しの中からは夙に蒸発してしまっていて、僅にその蒸溜のような性質のものが、茶会も或る意味でのコンツェルンであるブルジョアの・・・ 宮本百合子 「文学上の復古的提唱に対して」
・・・ 二階に、今の客が敷きのこして行った座布団が火鉢と茶器の傍にそのままある。藍子はそれを下げて、窓際へ行った。「――。千束の人ですか」「ええ、そうです」 尾世川は、やっぱり照れたような具合で熱心に云った。「どうも困っちゃっ・・・ 宮本百合子 「帆」
・・・ サーシャの点けた三本の燃えさし蝋燭の青い光に満たされたその桶のなかぐらいの大さの洞の横手は、色硝子のこわれや茶器のかけらで一面に飾られている。真中の小高いところは赤い布で包まれていて、その上に小さい棺が安置されているのであった。棺には・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・ 元の八畳へ戻ると、急に茶器が散乱しているのばかり目立った。「あーあ、すっかりおそくなっちゃった!」 さも迷惑らしくお清は片づけものをよせ集めながら欠伸混りで呟いた。が、みのえはそれが本ものでないのを知り、母親を侮蔑した。 ・・・ 宮本百合子 「未開な風景」
・・・なる御道具あまた有之由なれば拝見に罷出ずべしとの事なり、さて約束せられし当日に相成り、蒲生殿参られ候に、泰勝院殿は甲冑刀剣弓鎗の類を陳ねて御見せなされ、蒲生殿意外に思されながら、一応御覧あり、さて実は茶器拝見致したく参上したる次第なりと申さ・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書」
・・・なる御道具あまた有之由なれば拝見に罷いずべしとの事なり、さて約束せられし当日に相成り、蒲生殿参られ候に、泰勝院殿は甲冑刀剣弓鎗の類を陳ねて御見せなされ、蒲生殿意外に思されながら、一応御覧あり、さて実は茶器拝見致したく参上したる次第なりと申さ・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書(初稿)」
出典:青空文庫