・・・ 父鷺坂の居城が、此の武田勢に囲まれて既に危いと云う注進に、はっと顔色を変えて愕く様子。興奮して歩き廻りながら、早く、早く、救を遣れと命を下す辺。私の大嫌な作った姫様声は熱を持ち、響き、打掛の裾をさばいての大きな運動とともに、体中ぞっと・・・ 宮本百合子 「印象」
・・・ 女性の過去が如何に人として貧弱な社会的生活を営んでいたか、そして、現在の社会状態と自分の衷心に遺っているらしい昔の羈絆を顧みた時、それが根本の原因と成って、女性の芸術には種々の傾向が現われて来るように思われる。 或る人々は、所謂「・・・ 宮本百合子 「概念と心其もの」
・・・ そのような感情をもって観ていると、人のよい農夫は、自分の農夫であることや、無智であることを自覚し、学生に対して常にひかえ目であるのだが、どうしても衷心からの動きを制しかねた風で半ば独言のように云った。「それでもはあ、民衆一体の仕合わせ・・・ 宮本百合子 「北へ行く」
・・・広島の平和都市、長崎の国際都市建設案を、議会満場一致で賛成、感謝したところで、民間人の代表めかしてものをいう人の本心が、こうも荒々しい実際を見れば、して貰うことは何でも感謝の、こじき根性と衷心において侮蔑を感じられてもしかたがあるまい。・・・ 宮本百合子 「鬼畜の言葉」
・・・という標語を示した時、母たるドイツの勤労女性の生活苦闘の衷心からの描き手であったケーテ・コルヴィッツは、どんな心持で、この侵略軍人生産者としてだけ母性を認めたシュペングラーの号令をきいただろうか。その頃から日本権力も侵略戦争を進行させていて・・・ 宮本百合子 「ケーテ・コルヴィッツの画業」
・・・ いくとおりかの例のうちで、誰の衷心にもその響にこたえるなにものかをふくんでいるのは、第二の若い人々の心情にある渇望についてである。これについて少し考えてみよう。人間社会の進展の原理が社会科学の立場から解明され、社会主義の社会、共産・・・ 宮本百合子 「現代の主題」
・・・内幸町の新しい船のような白い『都』の建物は中身がどうなっているでしょう。それでも細かく一頁を使って、いくらか特色をとどめているから可愛ゆいと思います。十何年来買ったことのなかった色々の月刊雑誌も寄贈をやめましたから、このことも様子が違います・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・の人間価値を評価し、彼ほど衷心から戦争の犯罪性を指摘するなら、人民階級の独裁ということと、金と権力をひっくるめて独占するということとの間にあるちがいについても学ぼうとするだろう。――これはもとより、わたしが「道標」の前半を、どのように書くこ・・・ 宮本百合子 「心に疼く欲求がある」
・・・とすねていた女は、チョン、木が入ると急に、「御注進! 御注進!」と男の声を出し、薄い足の裏を蹴かえして舞台へ駈けて行った。 九時過、提燈の明りで椎の葉と吊橋を照し宿に帰ると、昼間人のいなかった傍部屋で琵琶の音がする。つるつるな板・・・ 宮本百合子 「山峡新春」
・・・ 又もう一方の場合では、只さえ、今の煮え切らない箇性の乏しい、我国の女性に同情はしながらも、その解放の為に叫びながらも、衷心の不満を押えられないで居る男子が、兎に角、自分というものを持って、ピチピチとはねる小魚のように生きて居るこちらの・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
出典:青空文庫