・・・或る時はそれを受とりに立ったままの姿勢で、或る時は板壁に向って作りつけてある小机に向い、それ等の一枚一枚を私は貪るように繰返し読むのであったが、文面に真心をこめてのべられている弔辞と、自分の胸に満ちている情感とにどこか性質の違うところがある・・・ 宮本百合子 「わが父」
どこかで計画しているだろうと思うようなこと、想像で計り知られるようなこと、実際これはこうなる、あれはああなると思うような何んでもない、簡単なことが渦巻き返して来ると、ルーレットの盤の停止点を見詰めるように、停るまでは動きが・・・ 横光利一 「鵜飼」
・・・と云ったりしたが、氾濫しつつ彼の頭に襲いかかって来る数式の運動に停止を与えることが出来ないなら、栖方の頭も狂わざるを得ないであろうと梶は思った。 正確だから狂うのだ、という逆説は、彼にはたしかに通用する近代の見事な美しさをも語っている。・・・ 横光利一 「微笑」
・・・それはちょうど祇園祭りのころで、昔は京都の市民が祭りの一週間とその前後とで半月以上にわたって経済的活動を停止した時期である。 しかしこの静止状態が続くのは、せいぜい三週間であって、一個月にはならなかったと思う。土用の末ごろにはもう東山の・・・ 和辻哲郎 「京の四季」
出典:青空文庫