・・・ところがわたくしどならなくてはならなかったのですから、「これで結構ですよ、打っちゃって置いて頂戴」とでも云うように聞えたじゃございませんか。それからわたくしあのあとで五分間ほど黙っていましたの。ところがその黙っていると云うことも、がらがら云・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「辻馬車」
・・・あなた、そこにいて頂戴。」「うむ。」と彼はいった。 妻が眼を閉じると、彼は明りを消して窓を開けた。樹の揺れる音が風のように聞えて来た。月のない暗い花園の中を一人の年とった看護婦が憂鬱に歩いていた。彼は身も心も萎れていた。妻の母はベラ・・・ 横光利一 「花園の思想」
・・・と言うと僭越だとてお目玉を頂戴する。「すべての不正を打破して社会を原始の純粋に返せ」と叫ぶ者は狂人をもって目せらる。姑息なる思想! 安逸に耽る教育者! 見よ汝が造れる人の世は執着を虚栄の皮に包んだる偽善の塊に過ぎぬじゃないか。要するに現代の・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫