・・・ 丁度、絵画に於ける色彩派が使うような色で描き現わすのである。よしんば、その色は彼のモネーなぞの使った眼を奪うような赤とか、紫とか、青とかあらゆる光線に反射するようなぎらぎらした眼の廻るような色彩のみでなくとも、極く単調な灰色とか、或は・・・ 小川未明 「動く絵と新しき夢幻」
・・・して考えてみると、時は既に真夜半のことであるから、四隣はシーンとしているので、益々物凄い、私は最早苦しさと、恐ろしさとに堪えかねて、跳起きようとしたが、躯一躰が嘛痺れたようになって、起きる力も出ない、丁度十五分ばかりの間というものは、この苦・・・ 小山内薫 「女の膝」
・・・ 女は暫らく私を見凝めるともなく、想いにふけるともなく捕えがたい視線をじっと釘づけにしていたが、やがていきなり歪んだ唇を痙攣させたかと思うと、「私の従兄弟が丁度お宅みたいなからだ恰好でしたけど、やっぱり肺でしたの」 膝を撫でなが・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・それには丁度先刻しがた眼を覚して例の小草を倒に這降る蟻を視た時、起揚ろうとして仰向に倒けて、伏臥にはならなかったから、勝手が好い。それで此星も、成程な。 やっとこなと起かけてみたが、何分両脚の痛手だから、なかなか起られぬ。到底も無益だと・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・ それから四十九日が済んだという翌くる日の夕方前、――丁度また例の三百が来ていて、それがまだ二三度目かだったので、例の廻り冗い不得要領な空恍けた調子で、並べ立てていた処へ、丁度その小包が着いたのであった。「いや私も近頃は少し脳の加減を悪・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・私の眼が自然の美しさに対して開き初めたのも丁度その頃からだと思いました。電燈の光が透いて見えるその葉うらの色は、私が夜になれば誘惑を感じた娘の家の近くの小公園にもあったのです。私はその娘の家のぐるりを歩いてはその下のベンチで休むのがきまりに・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・ 小石川の方へも左迄は請求れないもんですから、お梅だけは奉公に出すことにして、丁度一昨々日か先方へ行きましたの。」「まあ何処へなの?」「じき其処なの、日蔭町の古着屋なの。」「おさんどんですか。」「ハア。」「まあ可哀そうに・・・ 国木田独歩 「二少女」
・・・それが、丁度、地下から突き出て来るように、一昨日よりは昨日、昨日よりは今日の方がより高くもれ上って来た。彼は、やはり西伯利亜だと思った。氷が次第に地上にもれ上って来ることなどは、内地では見られない現象だ。 子供達は、言葉がうまく通じない・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・落ちる四人と堪える四人との間で、ロープは力足らずしてプツリと切れて終いました。丁度午後三時のことでありましたが、前の四人は四千尺ばかりの氷雪の処を逆おとしに落下したのです。後の人は其処へ残ったけれども、見る見る自分たちの一行の半分は逆落しに・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・屏風、衝立、御厨子、調度、皆驚くべき奢侈のものばかりであった。床の軸は大きな傅彩の唐絵であって、脇棚にはもとより能くは分らぬが、いずれ唐物と思われる小さな貴げなものなどが飾られて居り、其の最も低い棚には大きな美しい軸盆様のものが横たえられて・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
出典:青空文庫