・・・その上顔中つやつやして皺と云うほどのものはどこにも見当らない。ただ白い髯をありたけ生やしているから年寄と云う事だけはわかる。自分は子供ながら、この爺さんの年はいくつなんだろうと思った。ところへ裏の筧から手桶に水を汲んで来た神さんが、前垂で手・・・ 夏目漱石 「夢十夜」
・・・ろうどのこころもち、なめらかな春のはじめの光のぐあいが実にはっきり出ているように、うずのしゅげというときは、あの毛科のおきなぐさの黒朱子の花びら、青じろいやはり銀びろうどの刻みのある葉、それから六月のつやつや光る冠毛がみなはっきりと眼にうか・・・ 宮沢賢治 「おきなぐさ」
・・・ そしたら俄かにそこに、つやつやした黒い髪の六つばかりの男の子が赤いジャケツのぼたんもかけずひどくびっくりしたような顔をしてがたがたふるえてはだしで立っていました。隣りには黒い洋服をきちんと着たせいの高い青年が一ぱいに風に吹かれているけ・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・ 何べんも何べんも霧がふっと明るくなりまたうすくらくなりました。 けれども光は淡く白く痛く、いつまでたっても夜にならないようでした。 つやつや光る竜の髯のいちめん生えた少しのなだらに来たとき諒安はからだを投げるようにしてとろとろ・・・ 宮沢賢治 「マグノリアの木」
・・・ 太陽は一日かゞやきましたので、丘の苹果の半分はつやつや赤くなりました。 そして薄明が降り、黄昏がこめ、それから夜が来ました。 まなづるが「ピートリリ、ピートリリ。」と鳴いてそらを通りました。「まなづるさん。今晩は、あた・・・ 宮沢賢治 「まなづるとダァリヤ」
・・・却ってそのつやつやした緑色の葉の上に次々せわしくあらわれては又消えて行く紫色のあやしい文字を読みました。「はるだ、はるだ、はるの日がきた、」字は一つずつ生きて息をついて、消えてはあらわれ、あらわれては又消えました。「そらでも、つちで・・・ 宮沢賢治 「若い木霊」
・・・ 一つ毎に、白い三日月のついた爪、うす紅の輪廓から、まぼしい光りの差す様な顔、つやつやしい歯、自分からは、幾十年の前に去ってしまった青年の輝やかしさをすべて持って居る達を見る毎に押えられないしっとが起った。 親として子の体を「やきも・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・いい塩梅に糖も減っている由です。つやつやして、よく眠った顔をして「お姉様どうした?」と入って来た。これで一〔中欠〕 この間あなたが書いていらしたように全く生活のための健康であるということを深く会得しているから、自分のことについても、あな・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ 頭がつやつやと黒く、体は全体金茶色で、うす灰色の嘴と共に落付いて見えるきんぱらは、嘗て見苦しいほど物に動じたのを、私は見たことがない。雌雄も、地味な友情で結ばれているように、仲間とも馴染まず、避けず、どんな新来者があっても、こればかり・・・ 宮本百合子 「小鳥」
・・・子供のように、赤いつやつやした両頬で、楽しそうにはしていたが、二三ヵ月前に比べると、ぐっと老耄したように見えた。弱々しいあどけなさめいたものが、体の運び方に現れた。私は、思わず、「おばあちゃん、いかがでした、安積は」と云った。御祖母・・・ 宮本百合子 「祖母のために」
出典:青空文庫