・・・ 枯れた草は、黄いろにあかるくひろがって、どこもかしこも、ごろごろころがってみたいくらい、そのはてでは、青ぞらが、つめたくつるつる光っています。タネリは、まるで、早く行ってその青ぞらを少し喰べるのだというふうに走りました。 タネリの・・・ 宮沢賢治 「タネリはたしかにいちにち噛んでいたようだった」
・・・小十郎はまっ青なつるつるした空を見あげてそれから孫たちの方を向いて「行って来るじゃぃ」と言った。 小十郎はまっ白な堅雪の上を白沢の方へのぼって行った。 犬はもう息をはあはあし赤い舌を出しながら走ってはとまり走ってはとまりして行った。・・・ 宮沢賢治 「なめとこ山の熊」
モスクワじゅうが濡れたビードロ玉だ。きのうひどく寒かった。並木道の雪が再び凍って子供連がスキーをかつぎ出した。ところへ今夜は零下五度の春の雨が盛にふってる。どこもかしこもつるつるである。 黒くひかってそこへ街の灯かげを・・・ 宮本百合子 「三月八日は女の日だ」
・・・ 九時過、提燈の明りで椎の葉と吊橋を照し宿に帰ると、昼間人のいなかった傍部屋で琵琶の音がする。つるつるな板の間でそれを聴いていた女中がひとりでに声を小さく、「おかいんなさいまし」と、消した提燈を受取った。〔一九二七年一月〕・・・ 宮本百合子 「山峡新春」
・・・真個に、つるりと一嚥にして仕舞い度い程真丸で、つるつると笑みかけた黄金色のお月様! 黄金色のお月様! 此那晩、私共は到底じっと部屋に居る事は出来ません。露の置いた草原を歩み踰えて、古い楊柳の下に繋いだ小舟を解くと、力まかせ水の面を馳け廻・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・その味と素麺のつるつるした冷たさ 歯ぎれ工合が異常な感覚的実現性をもってモスクの一米ある壁の此方まで迫って来たのだ。 臥て居た間自分の心に最も屡々現れた民族的蜃気楼は林籟に合わせ轟く日本の海辺の波と潮の香、日向の砂のぽかぽかしたぬくもり・・・ 宮本百合子 「一九二九年一月――二月」
・・・マヤコフスキーの屍のはいている靴には、鋲が、爪先の真先にガッチリうちこまれ、それも減ってつるつるに光っている。 煌々たる広間の電燈は、自身それに追いつきかねながらも最後までソヴェト権力と社会主義の勝利を信頼して自殺した詩人マヤコフスキー・・・ 宮本百合子 「ソヴェトの芝居」
・・・ 去年の大晦日は林町で二三時頃まで過し、雪の凍ってつるつるする街路を、Aと小林さんと三人で、頼まれたペパアミントを探し乍ら、肴町を歩いたのを思い出す。彼方では何をして居るだろう。恐らく、あまり陽気ではない心持がする。両親は、スエ子を連れ・・・ 宮本百合子 「二つの家を繋ぐ回想」
・・・重くてつるつるとしたその絹服の感触が幸治たちの生活の感覚をひっぱっているようで、いじっている気がしなくなったのであった。 多喜子は腕時計を見て、椅子をおり、台所からもう一つ同じような三徳をもって来た。茶の間の火鉢からおこっている炭団をう・・・ 宮本百合子 「二人いるとき」
出典:青空文庫