・・・額縁や製本も、少しは測定上邪魔になるそうですが、そう云う誤差は後で訂正するから、大丈夫です。」「それはとにかく、便利なものですね。」「非常に便利です。所謂文明の利器ですな。」角顋は、ポケットから朝日を一本出して、口へくわえながら、「・・・ 芥川竜之介 「MENSURA ZOILI」
・・・ と附け足して、あとから訂正なぞはさせないぞという気勢を示したが、矢部はたじろぐ風も見せずに平気なものだった。実際彼から見ていても、父の申し出の中には、あまりに些末のことにわたって、相手に腹の細さを見透かされはしまいかと思う事もあった。・・・ 有島武郎 「親子」
・・・簡単な啼声で動物と動物とが互を理解し合うように、妻は仁右衛門のしようとする事が呑み込めたらしく、のっそりと立上ってその跡に随った。そしてめそめそと泣き続けていた。 夫婦が行き着いたのは国道を十町も倶知安の方に来た左手の岡の上にある村の共・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・女猫を慕う男猫の思い入ったような啼声が時折り聞こえる外には、クララの部屋の時計の重子が静かに下りて歯車をきしらせる音ばかりがした。山の上の春の空気はなごやかに静かに部屋に満ちて、堂母から二人が持って帰った月桂樹と花束の香を隅々まで籠めていた・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・そして大多数のプロレタリアは、帝政時代のそれと、あまり異ならぬ不自由な状態にある。もし、ブルジョアとプロレタリアとの間に、はじめから渡るべき橋が絶えていて、プロレタリア自身の内発的な力が、今度の革命をひき起こしていたのならば、その結果は、は・・・ 有島武郎 「広津氏に答う」
・・・その時僕は恐る恐る、実は今御掲載中の小説は私の書いたものでありますが、校正などに間違いもあるし、かねて少し訂正したいと思っていた処もありますから、何の報酬も望む所ではありませんが、一度原稿を見せて戴く訳には行きませんか、こう持ちかけた。実は・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・ 猫の面で、犬の胴、狐の尻尾で、大さは鼬の如く、啼声鵺に似たりとしてある。追て可考。 泉鏡花 「一寸怪」
・・・小鳥の啼声でもいゝ。時に、私達は、恍惚として、それに聞きとられることがある。そして、それは、また音楽について、教養あるがために、自然の声から、神秘を聞き取るという訳ではないのだ。 たゞ、どこにでもあるであろう、いゝ音色は、同じく、無条件・・・ 小川未明 「名もなき草」
・・・ そして一時間も窓口で原稿を訂正していた。 やっと式場へかけつけ、花嫁側に、仕事にかけるとこんな男ですからと、私が釈明すると、「いや、仕事にご熱心なのは結構です」 と、釈然としてくれて、式は無事に済んだ。 ところが、四五・・・ 織田作之助 「鬼」
・・・ところを見ると、もともと好きだったのだろう。そういえば、たしか小学校の五年生の時にも対話風の綴方を書いていた。彼女だとか少女だとかいう言葉が飛び出したが、それを先生は「かのおんな」「かのおとめ」と訂正して読まれた。 戯曲ではチェーホフ、・・・ 織田作之助 「わが文学修業」
出典:青空文庫