・・・従ってまた人物も、顔は役者のごとくのっぺりしていて、髪は油絵の具のごとくてらてらしていて、声はヴァイオリンのごとく優しくって、言葉は詩のごとく気が利いていて、女を口説く事は歌骨牌をとるごとく敏捷で、金を借り倒す事は薩摩琵琶をうたうごとく勇壮・・・ 芥川竜之介 「葱」
・・・それも百姓に珍らしい長い顔の男で、禿げ上った額から左の半面にかけて火傷の跡がてらてらと光り、下瞼が赤くべっかんこをしていた。そして唇が紙のように薄かった。 帳場と呼ばれた男はその事なら飲み込めたという風に、時々上眼で睨み睨み、色々な事を・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・これにてらてらと小春の日の光を遮って、やや蔭になった頬骨のちっと出た、目の大きい、鼻の隆い、背のすっくりした、人品に威厳のある年齢三十ばかりなるが、引緊った口に葉巻を啣えたままで、今門を出て、刈取ったあとの蕎麦畠に面した。 この畠を前に・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・幹の赤い色は、てらてら光るのである。ひとかかえもある珊瑚を見るようだ。珊瑚の幹をならべ、珊瑚の枝をかわしている上に、緑青をべたべた塗りつけたようにぼってりとした青葉をいただいている。老爺は予のために、楓樹にはいのぼって上端にある色よい枝を折・・・ 伊藤左千夫 「河口湖」
・・・火がぱっと燃えると、おとよさんの結い立ての銀杏返しが、てらてらするように美しい。省作はもうふるえが出て物など言えやしない。「おとよさんはもうお湯が済んで」 と口のうちで言っても声には出ない。おとよさんはやがて立った。「おオ寒い、・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・心細く感じながらも、ひとりでそっと床から脱け出しまして、てらてら黒光りのする欅普請の長い廊下をこわごわお厠のほうへ、足の裏だけは、いやに冷や冷やして居りましたけれど、なにさま眠くって、まるで深い霧のなかをゆらりゆらり泳いでいるような気持ち、・・・ 太宰治 「葉」
出典:青空文庫