・・・「とかく雲行きが悪いんで弱りますな。天候も財界も昨今のようじゃ、――」 お絹の夫も横合いから、滑かな言葉をつけ加えた。ちょうど見舞いに来合せていた、この若い呉服屋の主人は、短い口髭に縁無しの眼鏡と云う、むしろ弁護士か会社員にふさわし・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・その下にあるのは天工のように、石を積んだ築山である。築山の草はことごとく金糸線綉きんしせんしゅうとんの属ばかりだから、この頃のうそ寒にも凋れていない。窓の間には彫花の籠に、緑色の鸚鵡が飼ってある。その鸚鵡が僕を見ると、「今晩は」と云ったのも・・・ 芥川竜之介 「奇遇」
・・・(隣の部屋「一本ガランスをつくせよ空もガランスに塗れ木もガランスに描け草もガランスに描け天皇もガランスにて描き奉れ神をもガランスにて描き奉れためらうな、恥じるなまっすぐにゆけ汝の貧乏を一本のガ・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・家族はことごとく自分の二階へ引取ってくれ、牛は回向院の庭に置くことを諾された。天候情なくこの日また雨となった。舟で高架鉄道の土堤へ漕ぎつけ、高架線の橋上を両国に出ようというのである。われに等しき避難者は、男女老幼、雨具も無きが多く、陸続とし・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・出来ない様に茶の湯は決して説明の出来ぬものである、香をたくというても香のかおりが文字の上に顕われない様な訳である、若し記述して面白い様な茶であったら、それはつまらぬこじつけ理窟か、駄洒落に極って居る、天候の変化や朝夕の人の心にふさわしき器物・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
花の咲く前には、とかく、寒かったり、暖かかったりして天候の定まらぬものです。 その日も暮れ方まで穏やかだったのが夜に入ると、急に風が出はじめました。 ちょうど、悪寒に襲われた患者のように、常磐木は、その黒い姿を暗の中で、しきり・・・ 小川未明 「三月の空の下」
・・・木田が学校で、「勇ちゃん、僕のうち急に引っ越すので転校しなければならんのだよ。だから、きょう遊びにおいでよ。」といいました。「どこへ引っ越しするの?」「遠い、浅草の方なんだ。」 その日、勇ちゃんは、学校から帰ると遊びにいきま・・・ 小川未明 「すいれんは咲いたが」
達ちゃんの組に、田舎から転校してきた、秀ちゃんという少年がありました。住んでいるお家も同じ方向だったので、よく二人は、いっしょに学校へいったり、帰ったりしたのであります。 ある日のこと、達ちゃんは、夕飯のときになにか思い出してくす・・・ 小川未明 「二少年の話」
・・・ 最近父親の投書には天皇制護持論が多い。 織田作之助 「実感」
・・・右翼からの転向は、ただ沈黙あるのみだということを、私たちは肝に銘じて置こうと思う。 戦争が終ると、文化が日本の合言葉になった。過去の文化団体が解散して、新しい文化団体が大阪にも生れかけているが、官僚たる知事を会長にいただくような文化団体・・・ 織田作之助 「終戦前後」
出典:青空文庫