・・・それで二日の午前に、まず第一に陸軍から、大橋特務曹長操縦、林少尉同乗で、天候の観測をするよゆうもなく、冒険的に日光へ飛行機をかり、御用邸の上をせんかいしながら、「両陛下が御安泰にいらせられるなら旗をふって合図をされたい」としたためたかきつけ・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・事実は知らず、転向という文字には、救いも光明も意味されている筈である。そんなら、かれの場合、これは転向という言葉さえ許されない。廃残である。破産である。光栄の十字架ではなく、灰色の黙殺を受けたのである。ざまのよいものではなかった。幕切れの大・・・ 太宰治 「花燭」
・・・ショパンを見捨て、山上憶良に転向しましょうか。「貧窮問答」だったら、いまの私の日常にも、かなりぴったり致します。こんなのを民族的自覚というのでしょうか。 書いているうちに、何もかも、みんな、くだらなくなりました。これで失礼いたします。け・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・おもにその日の天候や物価について話し合った。私は、神も気づかぬ素早さで、呑みほした酒瓶の数を勘定するのが上手であった。テエブルに並べられたビイル瓶が六本になれば、日本酒の徳利が十本になれば、私は思い出したようにふらっと立ちあがり、お会計、と・・・ 太宰治 「逆行」
・・・きょう、日曜の雨、たいくつでたまらぬが、お金はなし、君のとこへも行けず、天候の不満を君に向けて爆破、どうだ、すこしは、ぎょっとしたか。このぶんでは、僕も小説家になれそうだね。はじめの感想文は、あれは、支那のブルジョア雑誌から盗んだものだが、・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・私は、大地主の子である。転向者の苦悩? なにを言うのだ。あれほどたくみに裏切って、いまさら、ゆるされると思っているのか。裏切者なら、裏切者らしく振舞うがいい。私は唯物史観を信じている。唯物論的弁証法に拠らざれば、どのような些々たる現象をも、・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・ これは明治天皇崩御の時の思い出である。私は明治四十二年の夏の生れであるから、この時は、かぞえどしの四歳であった筈である。 またその「思い出」という小説の中には、こんなのもある。「もし戦争が起ったなら。という題を与えられて、地震・・・ 太宰治 「苦悩の年鑑」
・・・十九世紀の、巴里の文人たちの間に、愚鈍の作家を「天候居士」と呼んで唾棄する習慣が在ったという。その気の毒な、愚かな作家は、私同様に、サロンに於て気のきいた会話が何一つ出来ず、ただ、ひたすらに、昨今の天候に就いてのみ語っている、という意味なの・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・日本の誇りは、天皇である。日本文学の伝統は、天皇の御製に於いて最も根強い。 五七五調は、肉体化さえされて居る。歩きながら口ずさんでいるセンテンス、ふと気づいて指折り数えてみると、きっと、五七五調である。──ハラガヘッテハ、イクサガデ・・・ 太宰治 「古典竜頭蛇尾」
・・・ テツさんと妻は天候について二言三言話し合った。その対話がすんで了うと、みんなは愈々手持ぶさたになった。テツさんは、窓縁につつましく並べて置いた丸い十本の指を矢鱈にかがめたり伸ばしたりしながら、ひとつ処をじっと見つめているのであった。私・・・ 太宰治 「列車」
出典:青空文庫