・・・しかしもしあの時のあなたが、いつかお書きになった「若い盗人」と云う小説の中の青年のような早熟の人でおいでになったら、わたくしはきっとあなたのおいでをお断り申しただろうと存じます。 あなたとわたくしとの中は、夢より外に一歩も踏み出さない中・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・こせ、おのが庵の壁の頽れかかれるをつくろはす来つる男のこまめやかなる者にて、このわたりはさておけよかめりとおのがいふところどころをもゆるしなう、机もなにもうばひとりてこなたかなたへうつしやる、おのれは盗人の入たらん夜のここちしてうろたへつつ・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・離筵となると最早唐人ではなくて、日本人の書生が友達を送る処に変った。剣舞を出しても見たが句にならぬ。とかくする内に「海楼に別れを惜む月夜かな」と出来た。これにしようと、きめても見た。しかし落ちつかぬ。平凡といえば平凡だ。海楼が利かぬと思えば・・・ 正岡子規 「句合の月」
・・・だから莓の季節には、からたちの枝を押しわけて、子供が莓盗人に這いこんだりしたが、夜になれば淋しい淋しい道で、藤堂さんの森の梟がいつもないていた。 夏目漱石の家が、泥棒に入られたのは、千駄木時代のことだったと思う。あの頃、千駄木あたりは、・・・ 宮本百合子 「からたち」
・・・ 俺たちプロレタリアート・ボルシェヴィキーが盗人でも乞食でもないことを見せてやれ! 赤布を平服の腕へ巻つけた労働者赤衛兵はピストルを片手に、冬宮を引揚げる時全同志の身体検査をした。ポケットに入れられたものはどんな小さいものもとり上げそれ・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・断髪の方の髪の工合をコートがなおしてやって居る 通行人 ポートフォリオを抱えた爺、学生、アルパカの上っぱりをきた職人、若い女――浴衣、すあし、唐人まげ 特に若い女断髪の方をしきりに見てゆく 男却って感情あらわさず 女皆 おや・・・ 宮本百合子 「一九二七年春より」
・・・気のあった若い人とだまって居ながら同じ事を考えながらあの道をスベッて行きたい、心の底に小さい又すてがたい詩の湧いて居る気持で―― 唐人まげに濃化粧の町娘にも会うだろうし、すっきりしたなりの女にも会うだろうし―― 銀座の夜の町に私が行・・・ 宮本百合子 「つぼみ」
・・・木材を愛す日本人に比較し、その事業を完成したのは、所謂唐人達の手柄であろうか。長崎の市を、何等史的知識なく一巡した旅客の記憶にも確り印象されるのは、この水に配された石橋の異国的な美や古寺の壮重な石垣と繁った樹木との調和等ではあるまいか。長崎・・・ 宮本百合子 「長崎の一瞥」
・・・こんな事を云ってぽっくりの群の中に雪駄が妙に見える様に濃化粧に唐人まげに云(ったなまめいた人の群に言葉から様子までまるで異った私がポツンとはさまって――それでも仲よく遊んだり話をしたりした。私が土間に立って斯う云うと、「早う御上り、今日・・・ 宮本百合子 「ひな勇はん」
・・・社会党を盗人の巣のように思わせ、そこにスポットを当て、わやわやと目に見える光景にばかり気をとられているうちに、日本の生産はいつの間にかポツダム宣言で武装放棄したにかかわらず何人かのために軍需化され、五年後には主要食糧生産の増加率よりも鉄の生・・・ 宮本百合子 「便乗の図絵」
出典:青空文庫