・・・をあらわし、「当世書生気質」を発表して「恰も鬼ケ島の宝物を満載して帰る桃太郎の船」のように世間から歓迎された二年後のことであった。三つ年下だった二葉亭はその頃のしきたりで当時新しい文学の選手であった「春のやおぼろ」と合著という形で「浮雲」の・・・ 宮本百合子 「時代と人々」
・・・ 女学校の二年ぐらいから、玄関わきの小部屋を自分の部屋にして、こわれかかったような本棚をさがし出して来て並べ、その本棚には『当世書生気質』ののっている赤い表紙の厚い何かの合本や『水沫集』も長四畳のごたごたの中からもって来ておいた。 ・・・ 宮本百合子 「祖父の書斎」
・・・しかも猶、この新しい写実文学の提唱者によって書かれた小説「当世書生気質」が、作品としては魯文の血縁たる強い戯作臭の中に漂っていた。 二年後の明治二十年に、二葉亭四迷の小説「浮雲」があらわれ、日本文学ではじめての個性描写、心理描写が試みら・・・ 宮本百合子 「文学における今日の日本的なるもの」
・・・「当世書生気質」を収録した『太陽』増刊号の赤いクロースの厚い菊判も、綴目がきれて混っている。 こんな本はどれもみんな父や母の若かった時分の蔵書の一部なのだが、両親は、生涯本棚らしい本棚というものを持たなかった。その代り、どこの隅にもちょ・・・ 宮本百合子 「本棚」
・・・坪内逍遙が「当世書生気質」を発表した頃で、それに刺戟され、それを摸倣して書いた小説であり、当時流行の夜会や、アメリカ人や洋装をした紳士令嬢などが登場人物となっている。十八九歳だったこの才媛は、既に反動期に入った日本としての、女権拡張の立場に・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
・・・しかるに幼少のころから、他人の感情を害すまい、他人の誤解を受けまいというふうな用心によって、卒直な感情の表出を統制するように訓練されて来たとなると、右のような態度そのものが、何となく浅はかなような、奥ゆかしさを欠いたものとして感ぜられるよう・・・ 和辻哲郎 「藤村の個性」
出典:青空文庫