・・・しかもまた、何だか頭巾に似た怪しげな狐色の帽子を被って、口髭に酒の滴を溜めて傍若無人に笑うのだから、それだけでも鴨は逃げてしまう。 こういうような仕末で、その日はただ十時間ばかり海の風に吹かれただけで、鴨は一羽も獲れずしまった。しかし、・・・ 芥川竜之介 「鴨猟」
・・・中には、赤い頭巾をかぶった女役者や半ズボンをはいた子供も、まじっていた。――すると、その連中が、突然声をそろえて、何か歌をうたいだした。やはり浴衣がけの背の高い男が、バトンを持っているような手つきで、拍子をとっているのが見える。ジョオンズは・・・ 芥川竜之介 「出帆」
・・・置き並べた大理石の卓の上には、砂糖壺の鍍金ばかりが、冷く電燈の光を反射している。自分はまるで誰かに欺かれたような、寂しい心もちを味いながら、壁にはめこんだ鏡の前の、卓へ行って腰を下した。そうして、用を聞きに来た給仕に珈琲を云いつけると、思い・・・ 芥川竜之介 「毛利先生」
・・・淋しい花嫁は頭巾で深々と顔を隠した二人の男に守られながら、すがりつくようにエホバに祈祷を捧げつつ、星の光を便りに山坂を曲りくねって降りて行った。 フランシスとその伴侶との礼拝所なるポルチウンクウラの小龕の灯が遙か下の方に見え始める坂の突・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・摘み集めながらうたう歌がおもしろいので、燕たちもうたいつれながら葡萄摘みの袖の下だの頭巾の上だのを飛びかけって遊びました。しかしやがて葡萄の収穫も済みますと、もう冬ごもりのしたくです。朝ごとに河面は霧が濃くなってうす寒くさえ思われる時節とな・・・ 有島武郎 「燕と王子」
・・・額髪、眉のかかりは、紫の薄い袖頭巾にほのめいた、が、匂はさげ髪の背に余る。――紅地金襴のさげ帯して、紫の袖長く、衣紋に優しく引合わせたまえる、手かさねの両の袖口に、塗骨の扇つつましく持添えて、床板の朽目の青芒に、裳の紅うすく燃えつつ、すらす・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・ すらすらと歩を移し、露を払った篠懸や、兜巾の装は、弁慶よりも、判官に、むしろ新中納言が山伏に出立った凄味があって、且つ色白に美しい。一二の松も影を籠めて、袴は霧に乗るように、三密の声は朗らかに且つ陰々として、月清く、風白し。化鳥の調の・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・手にわるさに落ちたと見えて札は持たず、鍍金の銀煙管を構えながら、めりやすの股引を前はだけに、片膝を立てていたのが、その膝頭に頬骨をたたき着けるようにして、「くすくすくす。」 続けて忍び笑をしたのである。 立続けて、「くッくッ・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・抜いて出すのを受け取って見たが、鍍金らしいので、「馬鹿!」僕はまた叱りつけたようにそれをほうり出した。「しどい、わ」吉弥は真ッかになって、恨めしそうにそれを拾った。「そんな物で身受けが出来る代物なら、お前はそこらあたりの達磨も同・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・煤だらけな顔をした耄碌頭巾の好い若い衆が気が抜けたように茫然立っていた。刺子姿の消火夫が忙がしそうに雑沓を縫って往ったり来たりしていた。 泥塗れのビショ濡れになってる夜具包や、古行李や古葛籠、焼焦だらけの畳の狼籍しているをくものもあった・・・ 内田魯庵 「灰燼十万巻」
出典:青空文庫