・・・ 黒い頭巾をかぶったおばあさんが、みかんをむいて食べながらいいました。年子は、話しかけられて、はじめて注意しておばあさんを見ました。なんだかあわれな人のようにも見え、また気味悪いようにも感じられたのです。「東京から乗ったのです。そし・・・ 小川未明 「青い星の国へ」
・・・と、つえをついた、黒い頭巾をかぶった、おばあさんはいいました。「どちらへ、お送りになるのですか。」「東京の孫に、もちを送ってやるついでに、なにかお菓子を入れてやろうと思ってな。」と、おばあさんは答えました。「しかし、ご隠居さん、・・・ 小川未明 「飴チョコの天使」
・・・実に済まぬことをした想いが執拗に迫り、と金の火の粉のように降り掛るのであった。しかも、悲劇の人だ。いや、坂田を悲劇の人ときめてかかるのさえ無礼であろう。不遜であろう。この一月私の心は重かった。 それにもかかわらず、今また坂田のことを書こ・・・ 織田作之助 「勝負師」
一 凍てついた夜の底を白い風が白く走り、雨戸を敲くのは寒さの音である。厠に立つと、窓硝子に庭の木の枝の影が激しく揺れ、師走の風であった。 そんな風の中を時代遅れの防空頭巾を被って訪れて来た客も、頭巾を脱げば師走の顔であった。・・・ 織田作之助 「世相」
・・・これに反しデューラーのマリアは貧しい頭巾をかぶっているが乳房は健かにふくれ、その手はひびが切れてあれているがしっかりと子どもを抱くに足り、おしめの洗濯にもたえそうだ。子どもを育て得ぬファン・エックの聖母は如何に高貴で、美しくても「母」たるの・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・ 大隊長とその附近にいた将校達は、丘の上に立ちながら、カーキ色の軍服を着け、同じ色の軍帽をかむった兵士の一団と、垢に黒くなった百姓服を着け、縁のない頭巾をかむった男や、薄いキャラコの平常着を纏った女や、短衣をつけた子供、無帽の老人の・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・さてはいよいよ武光という人もありけり、縁起などいうものは多く真とし難きものなれど、偽り飾れる疑ありて信とし難しものの端々にかえって信とすべきものの現るる習いなることは、譬えば鍍金せるものの角々に真の質の見るるが如しなどおもう折しも、按摩取り・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・受持の時間が済めば、先生は頭巾のような隠士風の帽子を冠って、最早若樹と言えないほど鬱陶しく枝の込んだ庭の桜の下を自分の屋敷かさもなければ中棚の別荘の方へ帰って行った。 子安も黙って了った。子安は町の医者の娘と結婚して、士族屋敷の方に持っ・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・ 人形に着せる着物だ襦袢だと言って大騒ぎした頃の袖子は、いくつそのために小さな着物を造り、いくつ小さな頭巾なぞを造って、それを幼い日の楽しみとしてきたか知れない。町の玩具屋から安物を買って来てすぐに首のとれたもの、顔が汚れ鼻が欠けするう・・・ 島崎藤村 「伸び支度」
・・・宗匠頭巾をかぶって、『どうも此頃の青年はテニヲハの使用が滅茶で恐れ入りやす。』などは、げろが出そうだ。どうやら『先生』と言われるようになったのが、そんなに嬉しいのかね。八卦見だって、先生と言われています。どうやら、世の中から名士の扱いを受け・・・ 太宰治 「或る忠告」
出典:青空文庫