・・・一望の麦畑、麦は五、六寸ほどに伸びて、やわらかい緑色が溶けるように、これはエメラルドグリンというやつだな、と無趣味の男爵は考えた。歩いて五、六分、家は、すぐわかった。なかなかハイカラな構えの家だったので、男爵には、一驚だった。呼鈴を押す。女・・・ 太宰治 「花燭」
・・・五次方程式が代数的に解けるものだか、どうだか、発散級数の和が、有ろうと無かろうと、今は、そんな迂遠な事をこね廻している時じゃないって、誰かに言われているような気がするのだ。個人の事情を捨てろって、こないだも、上級の生徒に言われたよ。でも、そ・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・五次方程式が代数的に解けるものだか、どうだか、発散級数の和が、有ろうと無かろうと、今は、そんな迂遠な事をこね廻している時じゃないって、誰かに言われているような気がするのだ。個人の事情を捨てろって、こないだも、上級の生徒に言われたよ。でも、そ・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・ 雪が溶けると同時に、花が咲きはじめるなんて、まるで、北国の春と同じですね。いながらにして故郷に疎開したような気持ちになれるのも、この大雪のおかげでした。 いま、上の女の子が、はだしにカッコをはいて雪溶けの道を、その母に連れられて銭・・・ 太宰治 「春」
・・・喉は、白くふっくらして溶けるようで、可愛い。みんな綺麗だ。釣竿を肩から、おろして、「きょうは解禁の日ですから、子供にでも、わけなく釣れるのですけど。」「釣れなくたっていいんです。」佐野君は、釣竿を河原の青草の上にそっと置いて、煙草をふか・・・ 太宰治 「令嬢アユ」
・・・それから色々の代数の問題はひとりで楽に解けるようになった。始めて、幾何学のピタゴラスの定理に打つかった時にはそれでも三週間頭をひねったが、おしまいには遂にその証明に成効した。論理的に確実なある物を捕える喜びは、もうこの頃から彼のうら若い頭に・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・それから色々の代数の問題はひとりで楽に解けるようになった。始めて、幾何学のピタゴラスの定理に打つかった時にはそれでも三週間頭をひねったが、おしまいには遂にその証明に成効した。論理的に確実なある物を捕える喜びは、もうこの頃から彼のうら若い頭に・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・楽器の弦の調子を合わせて行ってぴったりと合ったような、あるいははまりにくい器械のねじがやっとはまった時のような、なんという事なしに肩の凝りがすうっと解けるような気がするものである。 そういうふうにうまく行った所はもう二度といじるのが恐ろ・・・ 寺田寅彦 「自画像」
・・・楽器の弦の調子を合わせて行ってぴったりと合ったような、あるいははまりにくい器械のねじがやっとはまった時のような、なんという事なしに肩の凝りがすうっと解けるような気がするものである。 そういうふうにうまく行った所はもう二度といじるのが恐ろ・・・ 寺田寅彦 「自画像」
・・・二年振りで横浜へ上陸して、埠頭から停車場へ向かう途中で寛闊な日本服を着て素足で歩いている人々を見た時には、永い間カラーやカフスで責めつけられていた旅の緊張が急に解けるような気がしたが、この心持は間もなく裏切られてしまわねばならなかった。その・・・ 寺田寅彦 「電車と風呂」
出典:青空文庫