・・・時ひとり大白法たる法華経を留めて「閻浮提に広宣流布して断絶せしむることなし」と録されてある。また、「後の五百歳濁悪世の中に於て、是の経典を受持することあらば、我当に守護して、その衰患を除き、安穏なることを得しめん」とも録されてある。 今・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・ 馭者の呉はなだめるような声をかけて馬を止めた。 ぶるぶる身慄いして、馬は、背の馬具を揺すぶった。今さっき出かけたばかりの橇がひっかえしてきたらしい。 外から頼むように扉を叩く。ボーイが飛んで行った。鍵をはずした。 きゅうに・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・その最も甚しい時に、自分は悪い癖で、女だてらに、少しガサツなところの有る性分か知らぬが、ツイ荒い物言いもするが、夫はいよいよ怒るとなると、勘高い声で人の胸にささるような口をきくのも止めてしまって、黙って何も言わなくなり、こちらに対って眼は開・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・いわゆる一山飛で一山来るとも云うべき景にて、眼忙しく心ひまなく、句も詩もなきも口惜しく、淀の川下りの弥次よりは遥かに劣れるも、さすがに弥次よりは高き情をもてる故なるべしとは負惜みなり。登米を過ぐる頃、女の児餅をうりに来る。いくらぞと問えば三・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・その長い間、たゞ堰き止められる一方でいた言葉が、自由になった今、後から後からと押しよせてくるのだ。 保釈になった最初の晩、疲れるといけないと云うので、早く寝ることにしたのだが、田口はとうとう一睡もしないで、朝まで色んなことをしゃべり通し・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・番の仲よしはと俊雄が出した即題をわたしより歳一つ上のお夏呼んでやってと小春の口から説き勧めた答案が後日の崇り今し方明いて参りましたと着更えのままなる華美姿名は実の賓のお夏が涼しい眼元に俊雄はちくと気を留めしも小春ある手前格別の意味もなかりし・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・水力電気の工事でせき留められた木曾川の水が大きな渓の間に見えるようなところで、私はカルサン姿の太郎と一緒になることができた。そこまで行くと次郎たちの留守居する東京のほうの空も遠かった。「ようやく来た。」 と、私はそれを太郎にも末子に・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・すると馬が止めて、「いけません/\。ほうっておおきなさい。それをおひろいになると大へんなことがおこります。」と言いました。ウイリイはそのまま通り過ぎました。 ところが、しばらくいくと、同じような金色に光る羽根がまた一本おちています。・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・ 深い真昼時、船頭や漁夫は食事に行き、村人は昼寝をし、小鳥は鳴を鎮めて渡舟さえ動かず、いつも忙しい世界が、その働きをぴたりと止めて、急に淋しくおそろしいように成った時、宏い宏い、心に喰い入るような空の下には、唯、物を云わない自然と、こそ・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・息の根を止めて殺してやろう下心。」これは、有名の詩句なんだそうだが、誰の詩句やら、浅学の私には、わからぬ。どうせ不埒な、悪文学者の創った詩句にちがいない。ジイドがそれを引用している。ジイドも相当に悪業の深い男のようである。いつまで経っても、・・・ 太宰治 「鬱屈禍」
出典:青空文庫