・・・僕は、アカデミックな態度を、とろうと思います。」「誰も君に、」佐伯は、やや口を尖らせて言った。「飲めと言ってやしないよ。へんな事を言わないで、お姉さんに叱られますと言ったほうが、早わかりだ。」「君は、飲むつもりですか?」熊本君も、こ・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・ど、それが、どうしても言えず、これが随筆でなく、小説だったら、いくらでも濶達に書けるのだが、と一箇月まえから腹案中の短篇小説を反芻してみて何やら楽しく、書くんだったら小説として、この現在の鬱屈の心情を吐露したい。それまでは大事に、しまって置・・・ 太宰治 「作家の像」
・・・今から、また、また、二十人に余るご迷惑おかけして居る恩人たちへお詫びのお手紙、一方、あらたに借銭たのむ誠実吐露の長い文、もう、いやだ。勝手にしろ。誰でもよい、ここへお金を送って下さい、私は、肺病をなおしたいのだ。ゆうべ、コップでお酒を呑んだ・・・ 太宰治 「創生記」
・・・けれども人は、ひとたびこの小説を企てたその日から、みるみる痩せおとろえ、はては発狂するか自殺するか、もしくは唖者になってしまうのだ。君、ラディゲは自殺したんだってね。コクトオは気がちがいそうになって日がな一日オピアムばかりやってるそうだし、・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
このごろ時々写真機をさげて新東京風景断片の採集に出かける。技術の未熟なために失敗ばかり多くて獲物ははなはだ少ない。しかし写真をとろうという気で町を歩いていると、今までは少しも気のつかずにいたいろいろの現象や事実が急に目に立・・・ 寺田寅彦 「カメラをさげて」
・・・これに沿うて二条のトロのレールが敷いてあって、二三町隔てた電車通りの神社のわきに通じている。溝渠の向こう側には小規模の鉄工場らしいものの廃墟がある。長い間雨ざらしになっているらしい鉄の構造物はすっかり赤さびがして、それが青いトタン屋根と美し・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・いくらねずみでも時代と共に知恵が進んで来るのを、いつまでも同じ旧式の捕鼠器でとろうとするのがいけないのでないかという気もする。 それよりも困るのは、家内じゅうで自分のほかにはねずみの駆除に熱心な人の一人もいない事である。せっかく仕掛けて・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・私ははじめは粘土でその型をとろうと思いました。一人がその青い粘土も持って来たのでしたが、蹄の痕があんまり深過ぎるので、どうもうまくいきませんでした。私は「あした石膏を用意して来よう」とも云いました。けれどもそれよりいちばんいいことはやっぱり・・・ 宮沢賢治 「イギリス海岸」
・・・ 野鼠はいかにも疲れたらしく、目をとろんとして、はぁあとため息をついて、それに何だか大へん憤って出て来ましたが、いきなり小さなゴム靴をカン蛙の前に投げ出しました。「そら、カン蛙さん。取ってお呉れ。ひどい難儀をしたよ。大へんな手数をし・・・ 宮沢賢治 「蛙のゴム靴」
・・・ みんなはわれ勝ちに岸からまっさかさまに水にとび込んで、青白いらっこのような形をして底へもぐって、その石をとろうとしました。 けれどもみんな底まで行かないに息がつまって浮かびだして来て、かわるがわるふうとそこらへ霧をふきました。・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
出典:青空文庫