・・・そして、誰かがそれをとろうとすると、半寝呆けながら「いや、お父様んだから百合ちゃんがもっていく」と拒みながら。 書簡註。軽い夕飯を食っているのはグリーン色の縞のスカートに膝出したハイランダアである。炉辺にかけて、右手で・・・ 宮本百合子 「中條精一郎の「家信抄」まえがきおよび註」
・・・ドミトロフ君、君このひとを案内してあげてくれ給え」 そう云ったが、急に私の方を振りかえり、「ああ君、坑内へ入りますか?」と云った。「よかったら入れて下さい」 念のために断っておくがソヴェト同盟では、婦人の地下労働は一切禁・・・ 宮本百合子 「ドン・バス炭坑区の「労働宮」」
・・・ 町方から小半里の間かなりの傾斜を持って此村は高味にあるのでその一番池から水を引くと云う事は比較的費用も少しですみ、容易でも有ろうと云うのでその話はかなりの速力で進んで、男女の土方の「トロッコ」で散々囲りの若草はふみにじられ、池の周囲に・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・母のロザリーに対しては、勿論実におだやかで親切ですが、彼女が求める率直な感情の吐露は欠けているように思われます。 ハフの不名誉な事件後ドラは愈々家におらなくなりました。それどころか、或る晩、ロザリーは予想もしなかった、娘の臨終にめぐり会・・・ 宮本百合子 「「母の膝の上に」(紹介並短評)」
・・・何故ならば、バルザックは全作品の随処に自身の熱血的矛盾を吐露していて、主人公を簡単にはっきり捉え、何を如何にしたかという一筋の道行を挾雑物なしに描く場合は実に稀であった。描写の間に、或るところでは描写を押しつぶして作者の説明や演説が出て来て・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・ 生きることを心から愛する私たち日本の婦人、努力を惜しまず、平和と幸福との社会的な保証を熱望する私たち日本婦人は、率直にそれらの真情を吐露しながら、世界の歩みと倶に自分たちの実力を高め、希望を実現してゆく方法を学び、その忍耐づよさに最後・・・ 宮本百合子 「婦人民主クラブ趣意書」
・・・と、どちらかといえば主観的なものごしで良心を吐露している。そして過去の運動がその段階において犯していたある点の機械的誤謬を指摘することで、今日の自分がプロレタリア作家として存在し得る意義を不自由そうに解明しているのである。 プロレタリア・・・ 宮本百合子 「冬を越す蕾」
・・・これは、漢文読下し風な当時の官用語と、形式化した旧来の雅語との絆を脱して、自由に、平易に、動的に内心を芸術の上に吐露しようという欲求の発露であった。 ところが、二葉亭四迷の芸術によって示された文学の方向、影響は、上述の日本の事情によって・・・ 宮本百合子 「文学における今日の日本的なるもの」
・・・この生々しく切迫し、本源的に八〇年代のインテリゲンツィアの非行動的な煩瑣饒舌に反抗している若者の内面的吐露を、彼の教師の一人であった数学の学生は、さて、どう理解したであろうか。「言葉じゃないよ、錘だ!」 これがその学生の批評である。・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・ ダーリヤは唐突真情を吐露された間の悪さと一緒に少なからず心を動かされた。「それは、マリーナ、あなたにはあなたの十字架があるのはお察ししています」 マリーナは嬉しそうにダーリヤを見て合点合点をした。「本当にそうよ、十字架!―・・・ 宮本百合子 「街」
出典:青空文庫