・・・と老父もそれに同意したが、「なるほどこれでは少しひどい」と驚いた。 表戸を開けてはいると四坪の土間で、藁がいっぱい積まれてあった。八畳の板の間には大きな焚火の炉が切ってあって、ここが台所と居間を兼ねた室である。その奥に真暗な四畳の寝・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・然し私は友の言葉に同意を表しかねました。東京にもまた別種のよさがあることを云いました。そんなことをいう者さえ不愉快だ。友の調子にはこう云ったところさえ感ぜられます。そして二人は押し黙ってしまいました。それは変につらい沈黙でした。友はまた京都・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・ と鷹見の言葉のごとく、私も同意せざるを得ないのです。口数をあまりきかない、顔色の生白い、額の狭い小づくりな、年は二十一か二の青年を思い出しますと、どうもその身の周囲に生き生きした色がありません、灰色の霧が包んでいるように思われます。・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・「国主の御用ひなき法師なれば、あやまちたりとも科あらじとや思ひけん、念仏者並びに檀那等、又さるべき人々も同意したりとぞ聞えし、夜中に日蓮が小庵に数千人押し寄せて、殺害せんとせしかども、いかんがしたりけん、其夜の害も免れぬ。」 このさ・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・特派員は、副官の説明に同意するよりさきに、部屋の内部の見なれぬ不潔さにヘキエキした。が、すぐ、それをかくして、「この中隊が、嫩江を一番がけに渡ったんでしたかな?」とじろ/\と部屋と兵士とを見まわした。「うむ、そうです。」「何か、その・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・もとより惜むほどの貴いものではなし、差当っての愛想にはなる事だし、また可愛がっている娘の言葉を他人の前で挫きたくもなかったからであろう、父は直に娘の言葉に同意して、自分の膳にあった小いのをも併せて贈ってくれた。その時老人の言葉に、菫のことを・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
・・・心、いらざるところへ勇気が出て敵は川添いの裏二階もう掌のうちと単騎馳せ向いたるがさて行義よくては成りがたいがこの辺の辻占淡路島通う千鳥の幾夜となく音ずるるにあなたのお手はと逆寄せの当坐の謎俊雄は至極御同意なれど経験なければまだまだ心怯れて宝・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・と、そんなことをぬかすので、おれも、ははあ、これは何かあるな、と感づき、何食わぬ顔して、それに同意し、今朝、旅行に出たふりしてまた引返し、家の中庭の隅にしゃがんで看視していたのだ。夕方あいつは家を出て、何時何処で、誰から聞いて知っていたのか・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・めだかの模様の襦袢に慈姑の模様の綿入れ胴衣を重ねて着ている太郎は、はだしのままで村の馬糞だらけの砂利道を東へ歩いた。ねむたげに眼を半分とじて小さい息をせわしなく吐きながら歩いた。 翌る朝、村は騒動であった。三歳の太郎が村からたっぷり一里・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・と云って同意したから、強ち自分だけの錯覚ではないらしい。田舎の景色を数十分見て来たというだけの履歴効果で、いつも見馴れた町がこんなにちがって見えるのである。「馬鹿も一度はしてみるものだ」と云われるかもしれない。馬鹿を一遍通って来た利口と・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
出典:青空文庫