・・・私は、おもむろに、かの同行の書生に向い、この山椒魚の有難さを説いて聞かせようと思ったとたんに、かの書生は突如狂人の如く笑い出しましたので、私は実に不愉快になり、説明を中止して匆々に帰宅いたしたのでございます。きょうは皆様に、まずこの山椒魚の・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・ 参唱 同行二人 巡礼しようと、なんど真剣に考えたか知れぬ。ひとり旅して、菅笠には、同行二人と細くしたためて、私と、それからもう一人、道づれの、その、同行の相手は、姿見えぬ人、うなだれつつ、わが背後にしずかにつきした・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・それはかまわないつもりでいてもそこを見て後に、同行者の間でちょうど自分の見落としたいいものについての話題が持ち上がった時に、なんだか少し惜しい事をしたという気の起こるのは免れ難かった。 学校教育やいわゆる参考書によって授けられる知識は、・・・ 寺田寅彦 「案内者」
・・・ 五 すみれ娘 日本の近代映画でも、PCLの提供するものの中には色々な点で有望な進歩の動向を示しているものがあるように思う。この「すみれ娘」などもその一例である。あくどい蒼蠅さがわりに少なくて軽快な俳諧といったよう・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(5[#「5」はローマ数字、1-13-25])」
・・・たとえば大写しのヒロインの目の瞳孔の深い深い奥底からヒロイン自身が風船のように浮かび上がって出て来たり、踊り子の集団のまん中から一人ずつ空中に抜け出しては、それが弾丸のように観客のほうへけし飛んで来るようなトリックでも、芸術的価値は別問題と・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・自分はこんな事を云った。「これでは自分で見物するのでなくてベデカの記者に見物させられているようなものだ。」自分は同行者の温順な謙譲な人柄からその人がベデカの権威に絶対的に服従してベデカを通しての宮園のみを鑑賞する態度を感心もしまた歯がゆくも・・・ 寺田寅彦 「科学上における権威の価値と弊害」
・・・しかし、ある時代のある国民の思想の動向をある方向に引き向ける第一第二の因子が何かしら存在している、それを観察し認識する能力が現在のわれわれには欠けているのではないかという気がする。そうしていっそう難儀なことはその根本的な無知を自覚しないでほ・・・ 寺田寅彦 「三斜晶系」
・・・一体に青味の勝った暗い絵で、顔が画面一杯に大きくかいてあった。同行の中村先生があとでレンブラント張りだと評された事も覚えている。 その時までに見た中村氏の絵を頭においていた自分は、話のついでに「ルノアルがお好きですか」と聞いてみた。そう・・・ 寺田寅彦 「中村彝氏の追憶」
・・・船の出るとき同行の芳賀さんと藤代さんは帽子を振って見送りの人々に景気のいい挨拶を送っているのに、先生だけは一人少しはなれた舷側にもたれて身動きもしないでじっと波止場を見おろしていた。船が動き出すと同時に、奥さんが顔にハンケチを当てたのを見た・・・ 寺田寅彦 「夏目漱石先生の追憶」
・・・その時島田と大野氏とは北品川に住んでいる渋江氏が子孫の家には、なお珍書の存している事を語り、日を期してわたしにも同行を勧めた。されば渋江氏の蔵書家であった事だけを知ったのは、わたしの方が森先生よりも時を早くしていたわけである。唖々子は二子と・・・ 永井荷風 「梅雨晴」
出典:青空文庫