・・・は五十前後だろう、鬼髯が徒党を組んで左右へ立ち別かれ、眼の玉が金壺の内ぐるわに楯籠り、眉が八文字に陣を取り、唇が大土堤を厚く築いた体、それに身長が櫓の真似して、筋骨が暴馬から利足を取ッているあんばい、どうしても時世に恰好の人物、自然淘汰の網・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・書く場合に書くことを頭に浮べて思うとき、いつも、これは自分にはどうしても書けるものではないと思う。しかし、もう一度考えて見ると、自分以外のものでもどんな大天才を昔から掘り起して来たところが、やはり書けない部分がそこにひそんでいることを感づい・・・ 横光利一 「作家の生活」
・・・もちろん私は子供のわがままを何でも押えようとは思いませんが、しかし時々は自分の我のどうしても通らない障壁を経験させてやらなければ、子供の「意志」の成長のためによろしくないと考えています。で、この時にも私は子供を叱ってそのわがままを押しつぶそ・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
出典:青空文庫