・・・昔者道士があって、咒を称え鬼を役して灑掃せしめたそうだ。その弟子が窃み聴いてその咒を記えて、道士の留守を伺うて鬼を喚んだ。鬼は現われて水を灑き始めた。而るに弟子は召ぶを知って逐うを知らぬので、満屋皆水なるに至って周章措く所を知らなかったとい・・・ 森鴎外 「鴎外漁史とは誰ぞ」
・・・しかし僧侶や道士というものに対しては、なぜということもなく尊敬の念を持っている。自分の会得せぬものに対する、盲目の尊敬とでも言おうか。そこで坊主と聞いて逢おうと言ったのである。 まもなくはいって来たのは、一人の背の高い僧であった。垢つき・・・ 森鴎外 「寒山拾得」
魚玄機が人を殺して獄に下った。風説は忽ち長安人士の間に流伝せられて、一人として事の意表に出でたのに驚かぬものはなかった。 唐の代には道教が盛であった。それは道士等が王室の李姓であるのを奇貨として、老子を先祖だと言い做し・・・ 森鴎外 「魚玄機」
・・・他人同士では、こういう話を持ち出して、それが不調に終ったあとは、少くもしばらくの間交際がこれまで通りに行かぬことが多い。親戚間であってみれば、その辺に一層心を用いなくてはならない。 ここに仲平の姉で、長倉のご新造と言われている人がある。・・・ 森鴎外 「安井夫人」
・・・そういう人間がどこにいるかは、彼の同志になるか、または専門の刑事にでもならなければ解るものでない。反対に人間の数は少なくとも、著しく目につくものがある。自動車を飛ばせて行く官吏、政治家、富豪の類である。帝国ホテルが近いから夕方にでもなれば華・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
出典:青空文庫