・・・ 更に、その愛という言葉が、人間同士の思いちがいや、だましあいの媒介物となったのは、いつの頃からでしょう。そして、愛という字が近代の偽善と自己欺瞞のシムボルのようになったのはいつの時代からでしょうか。三文文士がこの字で幼稚な読者をごまか・・・ 宮本百合子 「愛」
・・・ 私はその文章をよんで、女同士の共感というものも歴史性の相異によっては、全く裂かれているものだという事実を面白く思った。そして自分に即さず一つの社会的な事実としてこの事を観察すると、私は、日本の現在の階級対立のけわしさや、そのきびしい抑・・・ 宮本百合子 「新しい一夫一婦」
・・・闘争に参加している夫婦が部署の関係で別々の活動に従わなければならないことになり、妻である婦人闘士はある男の同志と共同生活をはじめる。男の同志はその女に性的な要求を感じ、「同棲しているのなら近所に変に思われない為にでも、本当の夫婦になってしま・・・ 宮本百合子 「新しい一夫一婦」
・・・猪木氏の出現は、今日の若い読者層が過去の社会科学の文献に通じていず、したがって同氏が論拠とされている、ローザ・ルクセンブルグやトロツキーなどの引用文の、革命理論の誤謬を実際的に批判する能力は持っていないというギャップをねらっています。同氏が・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・に対する批評に向って反駁的、勝者的気分で書かれている同氏の「悪作家より」でその気分は極めて率直と云えば率直、高飛車と云えば高飛車に云われているのである。 石坂氏のように、さア、返事はどうだというような気持も、主観的には壮快なるものがある・・・ 宮本百合子 「落ちたままのネジ」
・・・などが世間の注目をひき、文章の古典復興物語調流行がきざしかけた頃、なにかの雑誌で、谷崎と志賀との文章を対比解剖し、二人の文章にあらわれている名詞、動詞の多少、形容詞、副詞の性質を分析し、志賀直哉を客観的描写の作家とし、谷崎潤一郎の最近書く物・・・ 宮本百合子 「芸術が必要とする科学」
・・・ 同氏が、「平和を守る会」に参加しないことや「知識人の会」に関係をもたないでいたことは、もとより氏の自由である。けれども、川端康成が三月号の『文学界』に発表している「天授の子」をよめば、現代の文学者が、その理性と人間的な感覚とを日本人の・・・ 宮本百合子 「五月のことば」
・・・ 散歩するという動詞にターニャは我知らず複数をつかった。そしてその調子の優しさが光のように室をながれた。 彼女が、丸い体の重みで幾分踵をひくような歩きつきをしながら雪明りの室の中からそれより白い姿を消してしまうのを見送っていたエレー・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・ 同氏の「南海譚」を、作者のそのような歴史小説への意図をふくんで読み、三百年の昔朱印船にのって安南へ漕ぎ出した角屋七郎兵衛の生涯が「角屋七郎兵衛よ、お前が」と語り出されている作者の情感の意味も肯けた。徳川の鎖国の方針が七郎兵衛の運命を幾・・・ 宮本百合子 「今日の文学の諸相」
・・・一九三七年一月に発表された同氏の「厨房日記」にあらわれたインテリゲンツィアとしての思想性の全くの喪失と、今日純粋小説が昔ながら通俗小説に終らざるを得ない諸事情の萌芽は、この純粋小説論にふくまれている多くの矛盾に根をおいているのである。 ・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
出典:青空文庫