・・・瀕死の境に至っておめおめ帰りたくなるような事が起るくらいならば、移住を思立つにも及ぶまい。どうにか我慢して余生を東京の町の路地裏に送った方がよいであろう。さまざま思悩んだ果は、去るとも留るとも、いずれとも決心することができず、遂に今日に至っ・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・「なあに年が年中思っていりゃ、どうにかなるもんだ」「随分気が長いね。もっとも僕の知ったものにね。虎列拉になるなると思っていたら、とうとう虎列拉になったものがあるがね。君のもそう、うまく行くと好いけれども」「時にあの髯を抜いてた爺・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・ただ亡児の俤を思い出ずるにつれて、無限に懐かしく、可愛そうで、どうにかして生きていてくれればよかったと思うのみである。若きも老いたるも死ぬるは人生の常である、死んだのは我子ばかりでないと思えば、理においては少しも悲しむべき所はない。しかし人・・・ 西田幾多郎 「我が子の死」
・・・おれならそう云う奴をどうにかして捜し出す。もしおめえの云うような値打の物なら、二人で生涯どんな楽な暮らしでも出来るのだ。どれ、もう一遍おれに見せねえ。」 爺いさんは目を光らせた。「なに、おれの宝石を切るのだと。そんな事が出来るものか。そ・・・ 著:ブウテフレデリック 訳:森鴎外 「橋の下」
・・・こいつ今の間にどうにか禦いで置かなきゃいかんわい……それにはロシア語が一番に必要だ。と、まあ、こんな考からして外国語学校の露語科に入学することとなった。 で、文学物を見るようになったのは、語学校へ入って、右のような一種の帝国主義に浮かさ・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・私たちはどうにかしてできるだけ面白くそれをやろうと思うのです。 宮沢賢治 「イギリス海岸」
・・・誰からも愛されず、内心では互にさげすみつつ、食物のたっぷりした処を探しては自分で食って来るので、どうにか此年月が過て来た。 二 この瞬間が、いつ迄続くものだろう。 真先にここに気づいた仙二は、さすが青年・・・ 宮本百合子 「秋の反射」
・・・それでも屈せずに、選んだ問題だけは、どうにかこうにか解決を附けた。自分ではひどく不満足に思っているが、率直な、一切の修飾を却けた秀麿の記述は、これまでの卒業論文には余り類がないと云うことであった。 丁度この卒業論文問題の起った頃からであ・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・そこでわたくしは非常に反抗心を起したのです。どうにかして本当の好男子になろうとしたのですね。 女。それはわたくしに分かっていましたの。 男。夜寝られないと、わたくしは夜どおしこんな事を思っていました。あんな亭主を持っているあなたがわ・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「最終の午後」
・・・土産も何もあらへんけど、二円五十銭持ってるのやが、どうにかならんかのう?」「要るもんか。」「要らんか、頼むぜ。」「行こ行こ。」「ちょっと待ってくれ、お霜さん、飯ないかなア、腹へって、腹へって。」「飯か? 今頃お前、夕飯前・・・ 横光利一 「南北」
出典:青空文庫