・・・丸太ぐるみ、どか落しで遁げた、たった今。……いや、遁げたの候の。……あか褌にも恥じよかし。「大かい魚ア石地蔵様に化けてはいねえか。」 と、石投魚はそのまま石投魚で野倒れているのを、見定めながらそう云った。 一人は石段を密と見上げ・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・普通は、本堂に、香華の花と、香の匂と明滅する処に、章魚胡坐で構えていて、おどかして言えば、海坊主の坐禅のごとし。……辻の地蔵尊の涎掛をはぎ合わせたような蒲団が敷いてある。ところを、大木魚の下に、ヒヤリと目に涼しい、薄色の、一目見て紛う方なき・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・ この、もの淑なお澄が、慌しく言葉を投げて立った、と思うと、どかどかどかと階子段を踏立てて、かかる夜陰を憚らぬ、音が静寂間に湧上った。「奥方は寝床で、お待ちで。それで、お出迎えがないといった寸法でげしょう。」 と下から上へ投掛け・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・それでいて、腰の矢立はここのも同じだが、紺の鯉口に、仲仕とかのするような広い前掛を捲いて、お花見手拭のように新しいのを頸に掛けた処なぞは、お国がら、まことに大どかなものだったよ。」「陽気ね、それは。……でも、ここは近頃の新開ですもの。お・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・ どかどかどかと来て、「旦那さんか、呼んだか。」「ああ、呼んだよ。」 と息を吐いて、「どうにかしてくれ。――どこを探しても呼鈴はなし、手をたたいても聞えないし、――弱ったよ。」「あれ。」 と首も肩も、客を圧して、・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・さ、どいてくれよと言って、前の人をどかせて牛を歩かせたんです――みんな見てました……」 姑の貌は強い感動を抑えていた。行一は「よしよし、よしよし」膨らんで来る胸をそんな思いで緊めつけた。「そいじゃ、先へ帰ります」 買物がある・・・ 梶井基次郎 「雪後」
・・・短き坂道に来たりし時、下より騎兵二騎、何事をか声高に語らいつつ登りくるにあいたれどかれはほとんどこれにも気づかぬようにて路をよけ通しやりぬ。騎兵ゆき過ぎんとして、後なる馬上の、年若き人、言葉に力を入れ『……に候間至急、「至急」という二字は必・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・長く風呂に這入らない不潔な体臭がその伍長は特別にひどかった。 栗本は、負傷した同年兵たちを気の毒がる、そういう時期をいつか通りすぎてしまった。反対に、負傷した者を羨んだ。負傷者はあと一カ月もたゝないうちに内地へ送りかえされ、不快な軍隊か・・・ 黒島伝治 「氷河」
一 大正十二年のおそろしい関東大地震の震源地は相模なだの大島の北上の海底で、そこのところが横巾最長三海里、たて十五海里の間、深さ二十ひろから百ひろまで、どかりと落ちこんだのがもとでした。 そのために・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・少しまごついて、あちこち歩きまわって、押入れをあけたりしめたりして、それから、どかと次兄の傍にあぐらをかいた。「困った、こんどは、困った。」そう言って顔を伏せ、眼鏡を額に押し上げ、片手で両眼をおさえた。 ふと気がつくと、いつの間にか・・・ 太宰治 「故郷」
出典:青空文庫