・・・ 二 そう云って、綻びて、袂の尖でやっと繋がる、ぐたりと下へ襲ねた、どくどく重そうな白絣の浴衣の溢出す、汚れて萎えた綿入のだらけた袖口へ、右の手を、手首を曲げて、肩を落して突込んだのは、賽銭を探ったらしい。 ・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・鼻孔からは、鼻血がどくどく流れ出し、両の眼縁がみるみる紫色に腫れあがる。 はるか遠く、楢の幹の陰に身をかくし、真赤な、ひきずるように長いコオトを着て、蛇の目傘を一本胸にしっかり抱きしめながら、この光景をこわごわ見ている女は、さちよである・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・右の腰部からまっ黒な血がどくどく流れ出して氷盤の上を染める。映画では黒いだけのこの血が実際にはいかに美しく物すごい紅色を氷海のただ中に染め出したことであろう。そのうちにまたいくつかの弾をくらったらしい。いくら逃げても追い駆けて来る体内の敵を・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・と云いながらかたつむりはふきのつゆをどくどくのみました。「もっとおあがりなさい。あなたと私とは云わば兄弟。ハッハハ。さあ、さあ、も少しおあがりなさい。」となめくじが云いました。「そんならも少しいただきます。ああありがとうございます。・・・ 宮沢賢治 「蜘蛛となめくじと狸」
・・・すると森までががあっと叫んで熊はどたっと倒れ赤黒い血をどくどく吐き鼻をくんくん鳴らして死んでしまうのだった。小十郎は鉄砲を木へたてかけて注意深くそばへ寄って来てこう言うのだった。「熊。おれはてまえを憎くて殺したのでねえんだぞ。おれも商売・・・ 宮沢賢治 「なめとこ山の熊」
・・・ 蠍の血がどくどく空に流れて、いやな赤い雲になりました。 チュンセ童子が急いで沓をはいて、申しました。「さあ大変だ。大烏には毒がはいったのだ。早く吸いとってやらないといけない。ポウセさん。大烏をしっかり押えていて下さいませんか。・・・ 宮沢賢治 「双子の星」
出典:青空文庫