・・・ 営門で捧げ銃をした歩哨は何か怒声をあびせかけられた。 衛兵司令は、大隊長が鞭で殴りに来やしないか、そのひどい見幕を見て、こんなことを心配した位いだった。「副官!」 彼は、部屋に這入るといきなり怒鳴った。「副官!」 ・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・ 私は自分でも意外なほどの、おそろしく大きな怒声を発した。「来たのですか。きょう、私これから用事があって出かけなければなりません。お気の毒ですが、またの日においで下さい」 お慶は、品のいい中年の奥さんになっていた。八つの子は、女・・・ 太宰治 「黄金風景」
・・・ こらえ切れず、僕は怒声を発した。打ち据えてやりたいくらいの憎悪を感じた。「そんなものを、読むもんじゃない。わかりやしないよ、お前には。何だってまた、そんなものを買って来るんだい。無駄だよ。」「あら、だって、あなたのお名前が。」・・・ 太宰治 「眉山」
・・・ それから少しきたない話ではあるが、昔田舎の家には普通に見られた三和土製円筒形の小便壺の内側の壁に尿の塩分が晶出して針状に密生しているのが見られたが、あれを見るときもやはり同様に軽い悪寒と耳の周囲の皮膚のしびれを感ずるのであった。 ・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・来たらすぐ持って来てお目にかけますよ。土星の環なんかそれぁ美しいんですからね。」 土神は俄に両手で耳を押えて一目散に北の方へ走りました。だまっていたら自分が何をするかわからないのが恐ろしくなったのです。 まるで一目散に走って行きまし・・・ 宮沢賢治 「土神ときつね」
・・・ 琉球のある女のひとがくれた一対の小さい岱赭色の土製の唐獅子が、紺色の硯屏の前においてある。この唐獅子は、その女のひととつき合のある幾軒もの家にあるのだろうと思うが、牡の方はその口をわんぐりと開いていることで見わけるのだそうだ。ところが・・・ 宮本百合子 「机の上のもの」
・・・ そういう怒声もきこえる。歩道の人々はおどろきと恐怖の表情で、そのさわぎを眺めているのであった。 そのころのメーデーといえば、全く勤労大衆の行進か、警官の行進か、という風であった。険相な眼と口を帽子の顎紐でしめ上げた警官たちが、行列の両・・・ 宮本百合子 「メーデーに歌う」
出典:青空文庫