・・・民子が少し長居をすると、もう気が咎めて心配でならなくなった。「民さん、またお出よ、余り長く居ると人がつまらぬことを云うから」 民子も心持は同じだけれど、僕にもう行けと云われると妙にすねだす。「あレあなたは先日何と云いました。人が・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・だが、叔母に似た性質で、――客の前へ出ては内気で、無愛嬌だが、――とんまな両親のしていることがもどかしくッて、もどかしくッてたまらないという風に、自分が用のない時は、火鉢の前に坐って、目を離さず、その長い頤で両親を使いまわしている。前年など・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ が、この円転滑脱は天禀でもあったが、長い歳月に段々と練上げたので、ことさらに他人の機嫌を取るためではなかった。その上に余り如才がなさ過ぎて、とかく一人で取持って切廻し過ぎるのでかえって人をテレさせて、「椿岳さんが来ると座が白ける」と度・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・それで彼女は長い手紙を書きます。実に読むのに骨が折れる。しかしながら私はいつでもそれを見て喜びます。その女は信者でも何でもない。毎月三日月様になりますと私のところへ参って「ドウゾ旦那さまお銭を六厘」という。「何に使うか」というと、黙っている・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・どうしたらいいだろうかと、それからというものは、毎日、赤い、長いそでを顔にあてては、泣いて悲しまれたのであります。 皇子とお姫さまの、約束の結婚の日が、いよいよ近づいてまいりました。お姫さまは、どうしたらいいだろうかと、お供の人々におた・・・ 小川未明 「赤い姫と黒い皇子」
・・・家といったってどうせ荒家で、二間かそこいらの薄暗い中に、お父もお母も小穢え恰好して燻ってたに違いねえんだが……でも秋から先、ちょうど今ごろのような夜の永い晩だ、焼栗でも剥きながら、罪のねえ笑話をして夜を深かしたものだっけ、ね。あのころの事を・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・ 爺さんはそう言いながら、側に置いてある箱から長い綱の大きな玉になったのを取り出しました。それから、その玉をほどくと、綱の一つの端を持って、それを勢よく空へ投げ上げました。 すると、投げ上げた網の上の方で鉤か何かに引っかかりでもした・・・ 小山内薫 「梨の実」
・・・太長い足であった。 寝ることになったが、その前に雨戸をあけねばならぬ、と思った。風通しの良い部屋とはどこをもってそう言うのか、四方閉め切ったその部屋のどこにも風の通う隙間はなく、湿っぽい空気が重く澱んでいた。私は大気療法をしろと言った医・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・ それと同じでんで、大阪を書くということは、例えば永井荷風や久保田万太郎が東京を愛して東京を書いているように、大阪の情緒を香りの高い珈琲を味うごとく味いながら、ありし日の青春を刺戟する点に、たのしみも喜びもあるのだ。かつて私はそうして来・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
・・・は永井龍男氏の世話で「文学界」にのり、五作目の「夫婦善哉」が文芸推薦になった。 こんなことなれば、もっと早く小説を書いて置けばよかったと、現金に考えた。八年も劇を勉強して純粋戯曲論などに凝っている間に、小説を勉強して置けばよかったと、私・・・ 織田作之助 「わが文学修業」
出典:青空文庫